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嘘の代償 断罪の宴 3

Fail Fabulist



あれからどれくらい経っただろう。
何時?
何日?
それとも――何年?

鎖に繋がれた部屋の中。必要最低限のものしか置かれていない室内は、くすんだ白の壁紙のせいかまるで牢屋のように見える。
錆びた青の鉄格子が唯一の色彩。
皮肉にも、自分が一番好きな色に閉じ込められている。――ククールの瞳も、青だった。綺麗な空色、晴れた日によく見上げたスカイブルー。……二人で見ることは、もう決してないだろう。
なぜなら今は――別な青い色を持った男の、腕の中。ククールの赤い布地と対極の濃紺の服は、デザインが同じな為に、いつも抱かれている最中に過去を思い出してしまう。
想いは、戻ってこない。……取り戻せない。

「……またアレのことを考えているのか?」
背後から抱き締める男が、耳元で不機嫌そうに唸った。
ゆっくりと見上げれば、眉間に皺を刻んだその人と――マルチェロと、目が合う。
睨み付けている鷹の目。
何と答えよう? 最近では、すっかり口を開くのが億劫になってしまっていて、喋る気がしない。
だから何も言わず、マルチェロを見つめるだけに留めた。
これが一番楽なのだ。気に障る様なことを言えば、弄られるから。酷く痛いことをされるから。
その行為にすらも、もう慣れてしまったのだけれど……それでも、痛みは少ないほうがいい。

「何故、何も言わない?」
揺さぶるのを止めて、マルチェロが質問を投げてきた。
「声すらも上げなくなったな。……俺が何をしようとも。」
眉間に皺。苛立ちを含んだ声で、エイトに問いかける。
「真に気が触れた訳でも無いのに、何故だ? 何故――」
人を見下したような瞳に、痛みのような色が走ったのが見えたが、それに気づきながらも、エイトは何の表情も浮かべずに、マルチェロの言葉を、ただの言葉の羅列として聞いていた。
エイトの首元で、丸い輪の飾りが揺れる。鈍く光る金環。それはマルチェロのものであり、こうして抱かれるようになってからはエイトが身に着けて――付けさせられていた。所有物としての証のように。
だが、エイトはそれを屈辱と思っていない。
それどころか、既に何も感じなくなっていて。

「何か言いたいことがあるだろう?」
強く肩を掴まれ、揺さぶられる。
「懇願でも、罵倒でも……呪詛でも、何か――何か言葉があるだろう!?」
「……って……のか……」
「――?」
肩を掴む手を一瞥し、掠れた声でエイトが答える。
「それで……ククールは、戻ってくるのか?」
「な、に……」
ダメだ。口を開くな。――そんな思考とは裏腹に、脳裏を過ぎる銀の髪。
消えた思いが……感情が、蘇ってくる。

「……戻って、来なかった。……泣いたし、叫んだし……願った、けれど――けど……」
ククールの温もりは消えてしまっているのに、最後に見た涙は消えていない。
酷い記憶。酷くしたのは自分。
凍らせたはずの感情は緩やかに解け、止めていた時間が動く。
エイトはそうして、もはや止められない想いを吐いていく。

「ククールは、戻って、来なかった。」
「エイト、お前は……」
顔を歪めたマルチェロから力無く顔を背けると、自嘲気味に呟く。
「もう、どうでも良いんだ。……お前が俺に飽きた時が、終わる時だって……分かってるから。」
「貴、様――……!」
止めに薄い笑みすら浮かべたエイトに、マルチェロが強く歯を噛み締めた。
そしておもむろにエイトの顎を掴み上げると、強引に己の方へと向かせて叫ぶ。

「貴様は俺を見ていなかったのか!? 俺が貴様にした行為は何でもないと……何も残っていないと言うのか、エイトっ!」
爪が肩の肉に食い込んで、痛い。
それに、どうしてそんな顔をして怒るんだ?
怒りの表情をしたマルチェロが噛み付くように口付けてくるのを他人事のように感じながら、エイトはぼんやりと考える。

ククールから玩具<<俺>>を取り上げて、それで満足だったんだろう?
そして玩具は、いつしか飽きて――捨ててしまうモノでかしかない。
だから、どうして……そんな泣きそうな顔をしているのか、分からない。

肩を掴む手の力が、弱まっていく。マルチェロは項垂れると、そのままエイトの首筋に顔を埋めて、呻く。
「何故だ……? どうして、お前は……俺のものに、なってくれない……?」
泣きだしそうな弱々しい声音。そう聞こえるのは、気のせいだろうか。
「俺と、あいつと……何が違う……? 俺のほうが、お前を……愛……、……て――」
最後のほうはすっかり声が掠れてしまっていて、聞きとれなかった。
エイトは居心地悪げに眉を寄せ、目を閉じる。

そんな顔をしないで欲しい。
そんな、別れる時に見たククールの顔に浮かんでいたのと同じ泣き顔なんか、見せないでほしい。
どうでも良いと諦観し、感情を無くした俺と、執着に似た激情を見せ、諦めないマルチェロ。

ああ――そうか。

(……俺たちは同じなんだ。)
似たもの同士。
見事な嘘吐き。
悲しいのも悔しいのも、全部――嘘。
……嘘だと思いたいんだ、この世界では。

この現実の何もかもが嘘の代償だと知りながら、俺たちは嘘と身体を重ねて生きていく。
その心は重ねない。……きっと重ならないだろう。

...Broken Lover