牢獄Marionette
◇ 1 ◇
薄いハッカグリーンの色彩が散らばった部屋は清潔で、置いてある家具のそれぞれは、さほど知識がなくとも、その装飾、その造りで高級品だと分かるものばかり。
その部屋の隅に、彼らは居た。
床の上にて、互いに身を寄せ合うようにして所在なげに座っている。
「あー……だるい。」
銀色の髪をした青年が顔を上げ、何度目かの溜め息を吐いた。
そうして見上げた窓には、豪華な造りには似つかわしくない鈍色の鉄柵があり、分厚いガラスが嵌め込まれている。
その綺麗な部屋が、実は胸の悪くなる囚人の檻だとは誰が知ろう?
何気なく腕を動かせば、手首を纏う銀の鎖がジャラリと重い音を立てて擦れた。
鈍い光を放つ、豪奢な拘束具。青年は乾いた笑いを浮かべると、隣の男に自分の腕を持ち上げて見せながら話しかける。
「ハハッ。見ろよ、この腕輪。銀だぜ銀。凄ぇ豪華!」
「……。」
「なあ、アンタのは?」
「……。」
男は口を真一文字に結んだままで、答えない。青年は首を伸ばして強引に相手の拘束具を覗き込むと、一人で笑って話し続ける。
「うっわ、プラチナだし。負けた。って、あれ? 銀とプラチナって、どっちが凄ぇんだっけ? なあ、マルチェロ――」
「――姦しいわ阿呆! 少しは黙ってられんのか!」
肩に体重をかけたせいか、それとも無遠慮に距離を詰めたせいか。とうとう、男――マルチェロが口を開いたが、それは会話の続きでは勿論無く、叱責だった。
対し、青年――ククールはワザとらしく肩を竦めると、重心をずらして言い返す。
「そんなに怒鳴ることねぇだろ。つーか、檻ん中で怒鳴るな。響きまくり。」
「誰がそうさせたんだ、全く……こんな状況下で、よくもそう能天気にいられるものだなお前は。」
「ははっ。なに、嫉妬?」
「阿呆!」
「あはは。……はあ。……こんなの、何年ぶりだろうな?」
「……?」
そこで急に声のトーンが落ちたので、マルチェロが視線を向けた。すると、力無く項垂れたククールの口から、ぽつりと言葉が零れる。
「こんな、さ……繋がれて、玩具みたいになんのって……結構、久し振り、だよな?」
「……。」
ククールの言葉に、マルチェロが視線を逸らして黙り込む。
互いの脳裏に浮かんでいるのは、きっと同じ光景だろう。
思い出したくない、けれど忘れることの出来ない忌まわしい過去の、一端。マルチェロが口を噤んでいれば、ククールが僅かに身動ぎして顔を上げた。
「悪い。何か喋ってないと不安でさ。」
そう言って笑ってみせたが、どう見ても無理矢理に笑みを浮かべている様子が窺える。
「俺達、これからどうなんのかな……。」
「……。」
彼の先程の楽天さも、陽気な笑顔も、防衛本能から来る反応だということを思い出したマルチェロは溜め息を吐くと、眉間の皺を揉みながら考えた。
気休めの嘘ならば幾らでも吐ける。
だがそれは結局、一時的に現実から逃避する偽薬にしかならないのだ。
つまらない気休めに、毒にしかならない嘘に、何の意味があろう?
だからマルチェロは、ククールの質問に真実で答えた。
「……どうにもならんだろう。」
「アンタでも?」
「……ああ。」
頷いて肯定すれば、ククールの瞳に不安の色が増した。
それでもマルチェロは、冷淡ともとれる真実しか言わない。それしか言えないのだ。
「この拘束具は一見すると無駄に豪華に見えるだろうが、それぞれに強い魔法が掛けられている。それこそ、呪いのように強いものがな。」
「あー……どうりで。変に身体がダルイと思った。」
「俺も先程から魔法でどうにかしようとしているが、駄目だった。……すまんな。」
「アンタが俺に謝るのって珍しいな? てか、初めてじゃないか? うっわ、明日は大雨確実なんじゃねぇ? あっははは!」
「……。」
空々しい虚勢の笑いが室内に響くのを、マルチェロは黙って聞いていた。
ククールはひとしきり笑っていたが、ゆっくりと声を落としていくと、また項垂れて呟く。
「はは……あー、笑い疲れた。……外、出れんのかな。」
「さあ、な。」
「……大丈夫だ、って言ってくれよ。」
「俺なんぞに頼るよりも、別のものを信じるしかないだろう。」
「……え?」
顔を上げたククールに、マルチェロは怜悧な眼差しを向けて言う。
「阿呆。お前はアイツのことをすっかり忘れてしまったのか?」
「え? アイツって――あっ!」
脳裏に浮かんだのは、生真面目で強気なある城の一兵士。
ククールの顔が少し明るさを取り戻したのを見て、マルチェロが笑う。
「ここに囚われて一週間。流石にもう不審を抱いたあいつが動いているだろうさ。俺達はそれを信じて待つしかない――だろう?」
「で、でもよ。こんな地下室を、あいつが見つけられるわけ――」
その台詞に、マルチェロが片眉を上げる。
「ほう? お前はアイツを見くびっているのか。ならば、アイツが来た時にそう報告してやるさ。」
「なっ!? ちょっ、違っ……誰も見くびってるとか言ってねーだろ!? 俺はただ――」
「居るかも分からない偶像神に縋るよりは良いだろうが。」
尚も弱気になりかけるククールを、ぴしゃりと言葉で制した。
偶像神が利いたのか、それとも一喝が利いたのか、ククールは何かを確かめるように一つ頷くと、呟くように言った。
「そうだよな。信じるしかねーよな。」
言いつつ両手を握り締めて祈りに似た姿勢をとったので、様子を見ていたマルチェロは苦笑した。
馬鹿な奴め、と内心で吐き捨てつつ、己もそっと同じ姿勢をとって天井を仰ぎ瞑目する。
らしくないが、初めて真の祈りを捧げていた。
それは神ではなく、天でもなく。
ただ確実に願いが届くであろう存在に対しての、切なる祈願。