牢獄Marionette
◇ 2 ◇
この世界は平和だ、退屈だ、と。
暗黒神を倒した後でも、そんなおかしな不平を零していたエイトだったが、その考えは改めた方が良いなと思い知ったのは、秋晴れの空が美しい、ある日のことだった。
ここ三週間ほど、エイトはサザンビークから来た依頼に掛かりっきりで、城には帰っていなかった。
いや、帰れなかった、と言うべきだろう。いい加減に一人前になって欲しいというクラビウス王たっての願いもあって、チャゴス王子の礼節指導を引き受けたのは良いが、これがまあ見事に順調に行かない。
王家の試練で彼の性格を大体は把握していたエイトだったが――甘かった。
集中しない、駄々をこねる、脱走する、は予想の範囲。
それに加えてどこで覚えたのか「紅茶は好きか」「美味しいケーキがあるから一息しよう」などと、エイトを執拗に誘い、お茶の時間を作って談笑を強請る始末。
エイトとしては、一兵士の手前(自分がクラビウス王の兄、エルトリオの子であることは明かしていない為)、そう無下にも出来ず。
相手の誘いを時折は許しつつも、厳しく礼節などを教え、教養を鍛え――そうして、やっと一週間目に課題分を終えることが出来たのだが、必要以上に時間が掛かりすぎた。
城を離れる際に「まだ行かないでくれ! 僕と遊んでくれ、エイト!」というチャゴスの叫びが聞こえたが、兵士と王に食い止められているのを尻目に、さっさと帰らせてもらった。
そうしてやっと我が家でもあるトロデーン城に戻ってきたのは、夕方を少し回った時刻。
正確に言えば、二十と一日半。
「遅くなりましたが、只今戻りました」――と。
帰宅と任務終了の報告をする為に謁見の間へ足を運んだエイトであったが、彼を出迎えたのは主君であるトロデ王とミーティア姫だけではなかった。
◇ ◇ ◇
「エイト様っ!」
広間には、見覚えのない男達が数名居た。
そしてコチラの姿を見るなり悲鳴に似た声音で名前を叫んだものだから、エイトは戸惑ってしまい、その場で足を止めて思わず後ろへ身を引いた。
男達に見覚えはなかったが、しかしよく見れば服装は見知ったものである。
エイトは警戒を解くと、戸惑いながらも口を開いた。
「ええと……ゴルド聖堂、それとマイエラ修道院仕えの方たち、ですよね? 私が……何か?」
罪になるようなことはしていない(つもりだ)が?……と考えながら訊ね返せば、王座より投げられた苦笑交じりの声が答えた。
「やっと帰ってきおったか。サザンでの報告は受けておる。ご苦労じゃったな、エイトよ。」
「うふふ。お帰りなさい、エイト。それと、お疲れ様。」
「ハイ。エイト、只今戻りました。」
ぴしりと敬礼して応じたエイトは、そうして規律正しい姿勢で主君の側に歩み寄る頃には、すっかりいつもの兵士長の雰囲気を取り戻していた。
それから訪問者である男達にも目礼すると、落ち着いた声で再度質問の続きを始めた。
「ところで、あの……そちらの方々は、私に何か御用なのでしょうか?」
「エ、エイト様っ……!」
「……。その、エイト”様”というのは止めて下さいませんか。私は敬称を付けられるような身分の者ではありませんので……」
「エ……エイトさまあぁぁぁっ!」
話を聞いていないのか、男達は雄叫びめいた声を上げると、エイトの前でガクリと両膝を着いて泣き出してしまった。
その上、突如物凄い勢いで床に平伏したのだから堪らない。
「な、何を……!? あの、どうしたんですか? ちょっと……あの、頭を上げてください!」
主君の前で大勢の人間に一斉に土下座されて、流石のエイトも狼狽する。
だが、ここで慌てるのも見っとも無いと思ったので、エイトは彼らの側に立つと、ある一人の肩に手を置いて顔を上げるよう促しながら、話しかけた。
「落ち着いてください。どうしたんですか? そちらから話して下さらなければ、私は何も分からないんですけれど。」
「エ、エイ……様、が……お、おおお……う……っ。」
男達は嗚咽交じりに啜り泣いており、何かを言おうとするのだがてんで話にならない。
それにしても、大の男が大泣きするとは何事だろう。所在無く腰に手を当て、エイトはただただ困惑するばかり。
その様子を見ていたトロデ王が、ぽりぽりと頭を掻きつつ口を挟んだ。
「あー……エイト。儂から話そう。既に彼らから話は聞いておるからのう。」
「あ、ハイ……深刻な問題でも?」
トロデ王の声に困惑している感じが混じっているのに気づいたエイトが振り向き様に訊ねてみれば、相手は眉をへの字に下げて。
「深刻どころか、結構な大事かものう……。」
唸り、そして王は告げる。
「実はの……マルチェロとククールが、揃って行方不明になってしもうたらしい。」
「――えっ!?」
それは確かに、深刻な大事――大きな事態を告げる一撃だった。
それにしても帰宅早々に待ち受けていたのが「お帰りなさい」ではなく、見知らぬ男達の号泣だったのも大概”深刻な問題”である感が否めないエイトではあったが、それは口に出さないでおいた。