Absolute Emperor
1. 絶対存在
絶対君主、という言葉を知っているだろうか?
君主という言葉の前に”絶対”という表現が付いただけだが、これが実在しているものだと誰が信じただろう?
少なくとも、大概の人間はこんな単語を使うことなど無いだろうし、現物を見かけることも無い……と、思いたい。
――っと。
そういや自己紹介がまだだったよな? 失礼。
俺の名は、ククール。某所に所属している神殿騎士だ。ヨロシクな、お嬢さん。
ま、そんな俺だが、これまで剣の腕を磨いたり学を学んだりして、結構多くの見聞を体験していた。その多くは院内での修練――では、勿論ない。外部で身につけたものがほとんどだ。
聖書を読んで純粋な祈りを捧げていたのは、子どもらしさを失う前まで。なにせ”まとも”な聖職者は希少種で、俺の周りは一部を除いて”ろくでもない奴ら”がウジャウジャいたので。(その頃からもう内部はいい具合に腐敗していたわけだが――今はその詳細を語るまい。)
ともかく、そういうわけで聖職に適度な見切りをつけた俺は、中で祈りを捧げるよりも外で動いていた方が性に合っていたので、「各地の寺院の視察」などと銘打っては、気ままな一人旅を堪能することが多かった。
あ、言っておくが無断じゃねえぜ? 一応、ちゃんとした届けは出してるんだ。
届けの内容? ……まぁ、その、何だ――悪いが、その辺は機密事項なんで話せないな。アイツの耳にでも入ったりしたら、それこそ説教フルコースが待って……ん。いや、独り言だ。なんでもない。忘れてくれ。
――話を戻すぜ?
こんな不良僧みたいな俺だが、これでも一通りの礼節や作法を身につけては、いる。なにせ”得意先”の多くが、お貴族サマだったりどこぞの大富豪サマだったりするからな。
本来なら、俺のような下っ端なんかは高位の人間と顔を合わせることなんてそうそう無い。だから、まともな挨拶が出来ればそれで良いのに、過剰に礼作法を叩き込んできやがっ――くださった、わけだ。(どうでもいい方面に心を砕きやがるんだよな、上位の聖職者サマたちは。)
そんな世界だから、俺は聖職に身を置いてはいるが信仰心など大して持ち合わせておらず、調子の良い時だけ神に縋ったりする何とも罰当たりな人間になった。
数字で信仰心が見えるなら、きっとゼロに近いだろう。
だいたい、こんな世界の裏側を物心がつく頃に見せつけられて育った人間が「ああ神よ救い給え清め給え」……なんて、純粋に信心すると思うか? 思わないだろ、普通。
「神に仕える」――なんて響きは実に良いが、現実はこんなもんだ。少なくとも、俺のトコはそうなんだし。
しかも悪いことに、絶賛現在進行形だ。真に清浄な世界などありはしない。
神サマなんてものは、どうにも――……。
……あー、っと。
ま、俺の内情はここまでにしておくとして、だ。話がずれたな。
それよりも今は、前述の「絶対君主」ってのと俺との出逢いについて、話すことにしよう。
ああ、そうそう。
言い忘れていたが、この君主サマの名前は――。
◇ ◇ ◇
その時の俺には、旅の仲間が居た。「仲間」――とは言っても、これは別に俺が望んで出来たもんじゃない。強制的に、ここの仲間の一員になっちまったんだ。
先程、俺は自分の身分を神殿騎士だと言ったと思う。
ん? ……ああ、まあ正式に身分を名乗ったわけじゃないけどな。いや、でも、聞いてただろ? 今までの俺の話を。それでおおまかのことは察してくれただろ? 「寝てた」……とか言ってくれるなよ。ガキじゃねぇんだから。いくら話の内容がつまんねぇもんだとしても、そこそこには聞いてる振りくらいしとくもんだぜ?
俺も、アイツの長々とした説教に、ついうっかり寝ちまって「聞いてませんでした」――と素直に口に出してしまったもんだから、夕食を食い逃す羽目になったんだ。いやー、あの時は翌朝まで足の痺れがとれなかったぜ。
いいか、素直と馬鹿の差は紙一重だぞ。どういう意味か……って? そりゃ、色々だよ。イ・ロ・イ・ロ。
……っと。説教してる場合じゃねぇか。
コホン……話を戻そう。
つまり、無味乾燥した俺の世界に、イキナリそいつら御一行様がやって来て変な道化野郎と一悶着起こした挙句に、何を血迷ったか俺の上司に当たる奴が俺に熨斗をつけてコイツらに差し出しやがった。(なんかそれらしい説明をしてくださっていたが、厄介払いだ。アイツはそういう奴だ。)
――で。とにかく俺は、コイツらと共にイカレた道化野郎を探す羽目になってるわけだ。
……ん、何だ?
ああ、そういやまだこの”御一行サマ”について話してなかったか。
じゃあ順々に適当に説明していこうか。
まずは、上等な葦毛の馬が一頭と、その馬が引く馬車が一台。
その馬車の御者が一人、簡単な護衛の男が一人、ナイスバディな美女が一人。
んで、俺を含めて――計、五人だ。
あ。言い忘れてたが、この葦毛の馬。
実はどこぞの姫様らしいんだが、その変な道化ヤロウがかけた呪いのせいで、こんな姿らしい。
それと、この御者。
外見は緑色で不細工で、一見すると小型のトロールかコボルドに見えるんだが、モンスターじゃ無いんだぜ。
聞いて驚け――この”姫サマ”の、父親なんだと。
つまり、この化け物はどこぞの国の城主らしい。
……笑えるだろ? 馬姫に化け物王だ。どんな組み合わせだよ。ああ、遠慮せずに笑ってもいいぜ。俺なんか実際、奴らの前で笑っちまったんだし。
だがな、そんな素直な反応をした為に、俺はナイスバディの美女――これがまあ、滅茶苦茶気の強いレディなんだが――に、思い切り張り倒されちまったわけだが。
正直、記憶飛んだな。少なくとも、五分間分は確実に飛んだ。
お前も気を付けろよ? 言っておくが、素手じゃないぞ。
……ムチで、しばかれるからな。それも、往復で。
ま、とにかく。
そんなこんなで俺は半信半疑ながらも、こいつらと旅をしていてな。
ある日、買い物に街までルーラして出掛けて行ったんだよ。一人で。
簡単な買出しだったし、あまりぞろぞろ群れて行動するのは俺の性に合わなくてな。それに、すぐ帰るつもりだったし。
そんな時、それは起こった。
欝蒼とした森の高台上空を、飛んでいた時だった。
何かに、ぶつかった。
正体が何だったのか、今でも良く分からねぇ。
何せ、「あっ」と思った時には、バランスを崩して真っ逆さまに落ちていたんだから。
その際に俺は、衝突したやつのものであろう影が、下の森に移り落ちたのを見ることが出来たんだが……。
――それが何だか聞きたいか?
鳥だよ。巨大な鳥の影。
ちなみに、辺りにはそんなもん見えていないし、居なかった。第一、見えていたのなら避けられた……筈だと思うんだが、この辺は少し確信が持てない。
森に落ちた巨大な影。「声はすれども姿は見えず」――ってやつだ。
俺は、もうすっかり頭の中が混乱しちまって叫びそうになったが、ぶつかった衝撃と落下の勢いもあって、そのまま気を失っちまった。
まあ、結局はこうして無事でいて、こんな話を語っているわけだが。
いま考えると、それもこれもあれも、アイツのお蔭……なんだろうか?
ともかく、いつまで気絶していたのかは分からなかったが、俺は目を覚ました。
……何故だか知らないが、全く見知らぬ場所で。