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Daily Life *K 【1】

ある贈り物が届いた日の惨禍



「エーイトー。今日、暇か? 良かったら、どこか遊びに……」
ある日の夕暮れ刻。
エイトを誘いにトロデーン城の執務室にやって来たククールは、しかし部屋の中に入る寸前で足を止めた。
いや、正しくは「足を止められた」のか。
ククールの足を止めたもの、それは部屋の奥――書斎棚の側に立っていたエイトの、ある一点。

エイトが眼鏡をかけている姿は、別に珍しいものでもない。
現に旅をしている間、妙に頭が冴える(知力が上がる?)などという不思議な理由で、インテリ眼鏡を付けていたことがあるからだ。
確かに、それを装着している間に放つ魔法は、いつにも増して威力があったような気がする。
しかし、インテリ眼鏡ならばククールが足を止めるわけがない。
――ならば、足を止めたのは何故か。

答えは、簡単。
エイトが掛けていたのは、インテリ眼鏡ではなく――鮮やかな黄昏色をしたサングラスだった。

「ぶ……っ……くく……。」
書類束や書籍棚が並ぶ、この生真面目な室内の中で、そこだけが妙に浮いて見える。
ぽつんと黄昏のような。
なんだかフライパンに落とした卵の黄身のような――そんなことを考えてしまったら、もうダメだった。
「……っは。――あーはははははっ!」
瞬間、ククールは弾けるように笑った。
それだけでは足りなかったのか、そのまま床に膝を付いて崩れ折れ、床をダンダンと叩いて笑い転げる。
「あはは、あははははは! あっはっはっはっは! ……駄目だ、死ぬ! 笑い死ぬ! くっ、ははっ……あは、あはははははっ!」
そんなククールを横目に、エイトは手にしていた書類束を机上に置いた。かつかつと戸口前までやってくると、眼鏡の弦を押さえて微笑みかける。
「至極……愉快そうだな、ククール?」
「あはははは、いや、お前、そりゃそうだろ! 一体どこのジゴロだよお前! それっ、お前っ、くくくっ……あは、あっはははははは!」
「……ほう。ジゴロ?」
ぴくり、と口元に浮かべた笑みを強張らせるエイト。
だがククールはそれにすら気づかず、尚も笑いの衝動に任せるままに、迂闊なことを口走る。

「あー、もう、ははは、ジゴロジゴロ! つーか、詐欺師か!? あはははは! 似合わねぇにも程があるぜ。お前、ほんと、マジで……あはははは! 胡っ散臭ぇ~~!」
「……はは。……よくもまあ、コチラの事情も訊かずに言ってくれるもんだな?」
――ぱきり、と。
亀裂の走る音が室内を一閃した。
それを耳にしてから、ククールはふっと我に返る。笑いの渦から抜け出し、顔を上げた。
「げほっ……あー……ええ、と。そういやエイト……何でまた、そんなサングラスを?」
ひやりとした殺気に気づいたようで、急いで凍りついた場を取り繕おうと質問を投げてみたのだが。
――全ては遅すぎた。
目の前に、すっかり気分を害したエイトがいて、冷たい眼で見下ろしていた。

「……。」
無言。凍てついた視線だけが、ククールに突き刺さる。
「……あの……エイト、さん? 」
背中を流れる、一筋の冷汗。
恐る恐る名を呼んでみれば、相手は冷ややかな視線をそのままに、しなやかな指先で眼鏡を軽く押し上げると、ゆったりと口を開いた。

「何か遺言があるなら、今のうちに言っておけよ?」
怖ろしいほどまでに綺麗な微笑を浮かべながら、腰の帯剣に手を添えるエイトを見る。
引き攣った笑いのまま、ククールはずりずりと後ろへ後退り、首を振る。
「ま、ままま待てエイト! ふ、不可抗力だ! 俺が爆笑しちまったのは、その趣味の悪いサングラスのせいだって!」
「――……。」
失言を重ねてしまったことに、ククールは気づかない。
冷たい微笑を張り付かせたまま距離を詰めてきたエイトが、ゆっくりと噛み砕くような口調で言い返す。
「これはな、ククール? 俺の眼の疲労を心配してくださった、とある貴人から頂いたものなんだよ。」
「は、……え? いや、でも何で黄色の……」
「補色にあたるものが良いらしいんだと……そう優しく仰って下さって、わざわざ俺の為に取り寄せて頂いてな。」
ああ、これは逆鱗に触れたな、と。
ククールが自覚するも、最早や手遅れ。
「エ、エイ、ト……待て……。な、なあ、俺――」
「なのにお前は、事情も知らずにまず盛大に笑い飛ばしてこれに対する価値を貶めてくれたばかりか――言うに事欠いて、悪趣味呼ばわりするか。」
「はは、ははは……いや、知らなかった、から、さ……。」
ずりずりずり、と尻餅をついた格好で後退していたククールだったが、不意に背に硬いものが当たる感触に動きを止めた。肩越しに背後を窺えば、あろうことか戸口から外れたそこは壁。

かきり、と。
目の前で金属的な音が鳴る。
ククールが急いで眼前に視線を戻せば、そこには冷え切った表情をした鬼神のような気配を纏わせたエイトが丁度、剣を抜いて構えたところだった。

「――っ!? エ、エエエエイト!? ちょっと待て、いやほんとに――……!」
「問答無用――無知はそのまま死ねっ!」
斬撃と同時に、室内を物凄い雷光が走った。

――十数分後。
エイトに会いに執務室を訪れたミーティアが、その部屋の片隅に、真っ黒い何かの残骸があるのに気づいて首を傾げた。
それを見ながら、エイトに「これは何でしょう? 」と問うたのだが。
黄昏色の眼鏡を掛けたエイトは、片頬に手を当てて。
「さぁ? 何でしょうね。――とにかく、姫が気にするようなものではありませんよ。」
そう穏やかな声で答え、彼女を虜にするような美麗な微笑みを返し、素知らぬ振りを通した。

ちなみに、ククールが復帰したのはそれから数日後のこと。
同じくエイトを訪ねに来たマルチェロが、部屋の隅の黒焦げの物体に目を留めた。
しかし彼はミーティアのように質疑応答するまでもなく、それがククール(だったもの)だという事に気づいたようだ。
マルチェロの洞察力に、流石は兄弟だなとエイトが感心しつつ、訊かれたままに一通りの事情を説明した。すると彼は眉間に困惑とも観念ともつかぬ表情を見せた後、ククール(であったもの)にザオリクをかけて再生させると、うんざりとした声音で言う。
「一応の加減はしてくれたようだな……感謝する。」
そして重い溜め息を吐くと、蘇生したばかりで動かない不肖の弟を肩に担ぎ、帰っていったのだった。

この一件後、ククールは暫く「眼鏡」というもの全てに怯え、悪夢を見続ける日々が少々続くのだが――それはまた、いつかの話。


day after day