Daily Life *K 【2】
Jealousic Sheep
「こんにちはー。お手紙でーす。ココに受け取り印を押してください。」
「あーハイハイ、どうも。……っと。ん、これでいいか?」
「はい、確かに。それではー。」
「おー……。……はぁーあ。またかよ。ったく……アイツも本当に自覚の無ぇ……」
などとククールが一人言を呟きながら、届いた書簡に手を掛けた時だった。
だんだんだんだんだんだん!
物凄い勢いで戸口を叩く音がした。
それに続いて、怒号。
「ククール! 今すぐ開けろ! つーか出て来い!」
エイトの声だった。珍しく、非常にお怒りのようだ。
そんな戸外からの声を聞きながらもククールは冷静でいて、大きく息を吐いて呟く。
「はー。何だよ、こんな朝っぱらから――うわっ!」
出迎えようと鍵を開けた瞬間、目の前を何かが一閃した。
寸でのところで避けてからよくよく見れば、今のは剣閃だったと知る。
「おっ……前なぁ。朝から何考えてんだよ。」
さして驚きもせずにククールがそう言えば、剣を構えたままのエイトが叫んだ。
「お前、俺宛の書簡を自分の所に転送してただろう!」
「……。」
何だ、”ようやく”バレたのか――空中へ視線を投げて、ククールは頭を掻いた。
悪びれた様子は微塵も無い。すぐに罪を認めるようなこともしない。何故なら、この件に至っては心中穏やかではいられないからだ。
「……イキナリ何だ? 意味が分かんねぇんだけど?」
一先ず相手を家の中に招き入れ、視線を合わさないまま空惚けてみた。
だが、相手もそう簡単に騙されてくれる気は無いようだ。
「惚けるな! こっちは既に”調査”済みなんだよ!」
エイトの返しに、ククールは成程、と感心する。流石は上級兵士長サマ。完全に調べ上げた上で、抗議に来た訳だ。
(相変わらず手抜かりねぇなぁ。)
さて、じゃあ次はどんな言い逃れをするかな――と、そんな事を考えながら、かたりと背後の机の上に手を付いた時だった。
――かさり、と何かが指先に触れた。
確かめずとも、正体は分かる。何せそれは、さっきココへ届けられたばかりのものなのだ。
――まずい、と思った。
「やべ。」
なんて、心の声をつい口に出してしまったのが、まずかった。
背後のソレをそっと隠そうとしたのだが、そんなククールの反応を見逃してくれるほどに今のエイトは鈍くないし、優しくもない。
相手は兵士の顔になるや否や、さっと近づいて素早く”ソレ”を奪うと、片眉を上げた。
「……ククール。」
”ソレ”――エイトに宛てられた手紙――を見ながら、当人が表情を変えていく。
引き攣っていく笑みが、怒りのボルテージが上がっていくことを表していた。
「これが、何で、お前のところに、あるんだ?」
一つ一つ区切りながら話すエイトの声は、非常に冷たい。
ここで引いておいた方が良さそうだ。――そう考えたククールは肩を竦めつつ、謝罪の言葉を口にした。
「――悪かった。」
「謝るより、理由を言え。」
「……黙秘する。」
「はあっ!?」
その発言は、エイトをすっかり逆上させたようだった。
「~~っ……お前なぁ――っ!」
「わっ! 馬鹿、お前、危な――……!」
構えていた剣を床に突き立てるなり掴みかかって来たエイトの勢いに押され、二人仲良く床の上に倒れ込む羽目になった。
「……積極的だな?」
「お、前、なぁ……っ!」
そうして倒れ込んだ床の上。相手を見上げながら現状を茶化したククールに、エイトの表情と気配がますます剣呑と化した。
おいおい。そんなに怒るようなことか?
そんなことを考えたククールの心中を悟ったのか、エイトは眉根を寄せるとうんざりした声を出した。
「……はぁ。お前、全く謝罪の気持ちが無いだろう。」
低いながらもどこか子供を諭すような声音で、エイトが質問を投げる。
「……もう一度訊くが、何で、俺宛の書簡を転送していた?」
ふーっ、と一拍置いてから、続けた。
「それも、女性からの手紙だけを。」
今度はククールが溜息を吐く番だった。
――ここまできて、”それ”は分かんないのかよ、お前は。
ああ、そういえばこの兵士は馬鹿が付くレベルでこういうことには鈍感だった。
しかし、愚痴っても仕方ない。こんな性格の男だということを知っているのだから。
知っていて、自分はエイトを――。ククールは、胸倉を掴み上げているエイトの手に自分の手を重ねると、嘆息しつつ言った。
「白山羊さんだ、エイト。」
「……あ?」
怪訝そうな声音で眉間に皺を寄せるエイトを見つめながら、ククールは言い繋ぐ。
「あるだろ? 白山羊が黒山羊の手紙を食べちまうって歌が。」
「……それと、今回のこれと、何の関係があるって言・う・ん・だ?」
どんどん怒りで引き攣るエイトの表情を前にしても、ククールは気にしない。
むしろ、平然と素っ頓狂な続きを言いのけた。
「だから。腹減った山羊が食っちまったんだよ、お前の手紙を。」
「……おい。ドコまで惚ける気だ。」
ぎりり、と服を掴むエイトの手に力が籠もる。
「だいたい、この辺に山羊なんて居ないだろうが!」
「いや――居るぜ?」
「は? ……あっ!?」
エイトが呆気に取られた、その隙を突いた。
奪われた書簡を取り返した(とは言っても、この場合は立場の表現が逆なのだが)ククールに気付き、エイトが再び眉を吊り上げた。
そしてククールに掴みかかろうと、再び手を伸ばした――その時だった。
むしゃり。
「あっ!? あぁあああ!?」
封書に手が届きかけたその直後、ククールが持っていた手紙を素早く丸めた――と思ったら、何とそれを自分の口の中へと放り込んだのだ。
突飛な行動にエイトは唖然としたが、もぐもぐとククールが口を動かし始めたのを見るなり、今度は血相を変えて叫ぶ。
「あ、阿呆かお前は! こら、出せ! 吐け! ……ああ、もう! ククール!」
「……めぇー」
「めぇー……じゃ、ないだろ! 食うな、出せってば! ……あああ、もういい! それ以上は咎めないから、口から出せ!」
腹を壊すだろうが、阿呆! ――と、怒りを収めたエイトが心配げな声を出すのを聞いてから、ようやくククールは噛み潰していた書簡を吐き捨てた。
唾液でぐしゃぐしゃになった手紙は、もう読むことが出来ない。結局、そのままゴミ箱へと直行することとなり、エイトが大きく溜め息を吐く。
「ああ、もう……送り主に申し訳ないことに。何でこんな馬鹿なことしたんだよ、ククール。」
「……ふん。」
額を押さえて呻くエイトを余所に、ククールは憮然とした表情で、真相を話すことはしなかった。
視線をゴミ箱へ留めたまま、一人面白くなさそうに呟く。
「……女からのラブレターなんて、お前には必要ねぇだろが。」
「何か言ったか? 弁解することでもあるのか?」
じろり、とエイトが肩越しに睨みつけると、ククールは澄ました表情で、大袈裟に肩を竦め――「めぇー。」と獣の鳴き声を真似て返事をし、相手をどこまでも呆れさせてやった。
山羊が手紙を食べたのは、きっと嫉妬のせいだったのかも知れない。
それは果たして、どちらの山羊だったのだろう。
黒山羊か、白山羊か。
どちらにせよ、片方の山羊は相手の感情に気づかないのだろうけど。