Autumn Rondo [ククール編]
龍は毛糸にもたついて・2
「ククール!? お前、何でっ――いや、その前に今の助言!」
「何だよ。そう驚くようなことしたか? 俺。」
いつから居たのか、背後から覗き込むようにしてククールが立っていた。
銀の髪が、苦笑に合わせて揺れる。
「つーかお前、不器用すぎ。裁縫出来んのに、何で編み物になるとそうなるんだよ。」
「だって、初めてで。――じゃなくて!」
編んでいた物を一旦膝の上に置いてから、エイトは相手を見上げて言い返す。
「もしかしてお前……編み物、出来るのか?」
そんなことを問えば、ククールは笑って。
「ああ、言ってなかったっけ? 結構出来るぜ、俺。」
その得意げな笑みを見て、エイトが唖然とする。
「自分のマントの解れも縫えなくて指を刺しまくってたくせに、何で……。」
「悪かったな。針はどうにも使い慣れねえんだよ。」
「一緒だろ? 針も編み棒も。」
「違う。俺にとって針は、拷問器具の部品としか感じ取れない。」
「……。」
そういえば以前、ククールの過去は辛いものだったと聞いたことがある。
思わず言葉を失い、目を伏せるエイト。
それを見て取ったククールは頭を掻くと、エイトの頭を叩いて言い繋ぐ。
「……まあ、俺の過去はともかく。そんなわけだから、編み物はお前より上手いぜ?」
言いながらエイトの隣に腰を下ろすと、ククールは側にあった本を手に取った。
「もしかして、今編んでるのはこれか?」
エイトの編んでいるものに目を留めながら、ククールは本に載っていた図を指差した。
顔を上げたエイトが頷き、言い返す。
「あ、うん。それ。」
「ふーん……。ちょっとそれ、見せてみろ。」
ククールはエイトから編んでいたものを受け取ると、それを眺め、次に本の図を見て、そしてまたエイトの編み物を見て――首を、捻った。
「な、何だよ? まだどこか編み間違ってるのか?」
エイトが怪訝そうな顔をして訊ねれば、ククールは眉間に皺を寄せて。
「いや。めちゃくちゃ言いにくいんだけど、さ……。」
「はっきり言えよ。逆に気になる。」
「あー……。じゃあ、言っちまうけど。」
ククールはエイトを真正面から見つめると、編み物と本の図を並べて、一言。
「編む順番、途中から隣のやつと混じってる。」
「嘘っ!?」
◇ ◇ ◇
数分後。
ククールの隣には、両手で顔を覆って酷く肩を落としているエイトが居た。
少し前まで、この空の下でほんわかした表情をしていたのに。
それが今では、見る影も無い。
「道理で……。途中から、何か図の通りじゃないなぁ、とか思ったんだよな……。」
力なく呟き、ククールの手にした歪んだ編み物を一瞥するエイト。
そんなエイトの目に映るのは、最早織り物ではなく――奇怪な、何か。
「俺はいつから”あやしいかげ”なんか作ってたんだ……。」
「クッ。おいおいエイト、そう自虐に走るなよ。」
あまりに愉快な表現に、ククールが堪らず失笑した。
だが、気持ちは分からないでもない。
エイトはきっと、日頃こういった失敗に慣れてないのだろう。元々が優秀すぎるのも困りものだ。
(まあ……こういうドジなところも好きなんだけどな。)
心中でひっそり笑うと、エイトに向けてフォローの台詞を一つ。
「なあ。コレ、まだ修正が効くぜ? お前がまだ編むって言うんなら、手伝ってやるけど。」
「……出来るのか?」
エイトが顔を上げて、じっとククールを見つめた。
情けない瞳は、まるで途方に暮れた子供のよう。
「なんてツラしてんだ、馬鹿。大丈夫だよ。この程度の失敗なんか、このククール様が直してやるぜ。」
ビシッと親指を立てて笑いかけると、ククールは編み棒を取り上げるなりエイトの創作物の修正に取り掛かった。
するすると糸を解き、さくさくと編み直していく様に、エイトが感嘆の溜め息を吐く。
「はぁー……凄い。歪みが直っていく。……格好いい。」
「ハハッ! 格好良いのはいつものことだろ? それよりさ、エイト。一つ聞きたいんだけど?」
「ん? ああ、何だ。」
「これ、最終的にはどうなる予定なんだ?」
「どうなるって……何が?」
編む手を休めずに、ククールが言う。
「だから――誰にあげるつもりで編んでたんだよ。」
「えっ……。」
エイトが明らかに動揺し、ぎくっとしたのが見えた。
ククールの手が、ピタリと止まる。
「お前のことだ。誰かにあげるつもりで編んでたんだよな?」
「う、いや……その――」
「誰だ? ゼシカやミーティアじゃねえよな。」
「ええと、俺は自分の分、を。」
「嘘つけ。その割には糸が高級すぎんぞ。」
エイトの目が泳いでいる。口実を探しているらしい。
だが、そうしている間にもククールはどんどん機嫌を損ねていく。
「イシュマウリか? それともアイツ……マルチェロか?」
「……。」
「エ・イ・ト?」
低い声で名を区切ったそれは、最終通告。
観念したエイトが溜め息を付き、口を開く。
「あのさ、……めちゃくちゃ、言いにくいんだけど。」
「真似すんな。何だよ? 誰なんだ?」
エイトはそこで顔を上げると、ククールを見て力無く笑った。
「……お前の。」
「……あ?」
目を丸くしたククールに、エイトは気まずげな表情をして答えの先を繋げる。
「冬、近いだろ? お前、いつもその頃になったら俺に差し入れとかくれるから……。その礼も兼ねて、たまには俺から何かあげようと思ってさ。それで……。」
もじもじしながら説明するエイトの顔が、どんどん赤くなっていく。
「それで、どうせなら俺が編んだやつを、とか考えて。まあ、結果はそのざまなんだけど。」
「俺の為に、編んでたのか?」
「……そのつもりだったんだよ。」
「……マフラー、だよな? この形と大きさだと。」
「原形留めてなくて悪かったな!」
「っく……はは――アハハハハ!」
「わ、笑うなよ!」
「ははっ、悪ぃ、そうじゃなくて――嬉しくて、さ。」
エイトの目尻に浮かんだ涙を指先で拭ってやりながら、ククールが言い返す。
「サンキュ、エイト。あ、じゃあそうすると……俺が手を貸すのはマズイのか?」
「う……。そ、それは困る!」
「どれくらい困る?」
「ど、どれくらいって。困るものは困るんだよ!」
「ふ~ん? じゃあ、さ。」
顔を赤くしながらエイトが言い募れば、何を考えたのかククールがニヤリと笑うなり顔を寄せて。
「キス一回で、何とかしてやる。」
「なっ!? ばっ……足元見るのか卑怯者!」
「嫌なら良いけど。どうせ俺が貰うもんだしな? この”あやしいかげ”もどきのまんまで。」
「うっ……!」
エイトが、ぐっと唸る。
相手が誰であれ、人に失敗作をあげるのは許さない。
「……、……寄れ。」
「ん? 聞こえねぇー。」
「~~っ! いいから、とっととこっちに寄れ!」
返事を待つこと無く、エイトはククールの襟元を掴むと、その身体を自らぐいと引き寄せて――自ら唇を重ねた。
しかし、それはほんの短い間。
すぐさま顔を離すと、もうこれ以上は赤くならない顔でククールを睨みつけ、叫ぶ。
「これで良いだろ、直せよ! ほら、俺が続きを編めるように、とっとと修正しろ!」
それはもう依頼ではなく命令。
ククールは満面に喜悦の色を浮かべると、ぺろりと舌を出して笑う。
「はいはい、了解。じゃ、ちょっとそこで待ってろよ。こんなの何でも無ぇからさ。」
「……しっかり直せよ。」
「分かってるって。お前はその間、空でも眺めて時間潰してろ。」
「……そうしとく。」
そう言って、ククールは再び編み物をし始め、エイトは不貞腐れた顔をして草むらに寝転がった。
秋の午後、ある日の出来事。
夕映えのする秋の空を眺めながら二人で過ごすそれは、冬のいつかに繋がるであろう話。
「冬になったらさ、温泉でも行こうぜエイト。」
「ウルサイ。それよりとっととそれ直せ。」
その贈り物は、冬にククールの元へ届くだろう。
――エイトが再び編み方を失敗しなければ。