Autumn Rondo [ククール編]
龍は毛糸にもたついて・1
秋、茜色に染まるこの時期。
空を見上げるといつも仕事の手が止まり、そのまま見蕩れてしまうのは”芸術の秋”が為せる技のせいだろうか。
「この季節の空って、雰囲気良いよなぁ。」
そう呟いて若者らしくない溜め息を吐きながら目を細めるのは、トロデーンきっての優秀兵士。
空を見上げて遠い目をしながら、ぼんやりと物思いに耽る。
世界の情勢はすっかり落ち着いたらしく、このところあまり仕事がこない――というか、仕事自体が無いのだ。本来ならばこの時期は祭りが多いので、忙しくなる筈なのだが。
このように、ぼうっと空を眺めてゆっくり出来るのは嬉しいのだけど、逆に手持ち無沙汰というのもこれはこれで辛くなってくるらしい。
兵士としての性分か元来の性格か、エイトは勤務中にだらだらするのは落ち着かない。
何か口実を作って余所へ出掛けるも、お陰様で大した仕事は無いのが平和な近状。
現に、昨日マルチェロのところへ行ってみたのだが、山積みだった机の上は片付いており、
「残念だがお前のやることは何も無いぞ。残念だったな、”仕事馬鹿”。」
などと、見事な皮肉を返される始末。
しかしエイトはめげず、それならば一緒にお茶でもして暇を潰そうかと思った。
だが、よく見るとマルチェロの表情に僅かながら疲労感めいたものが滲んでいる。そういえばこの男は地位が上がったのもあってエイトよりもずっと多忙なのだったか。
となると、自分の身勝手な暇潰しに付き合わせるのは、非常に申し訳ない。
「ええと、ごゆっくり――お邪魔しました……。」
そうして結局は何もせずに、帰宅することになった。
これではマルチェロに顔を見せるだけに行ったようなものだ、と後に気づき、更に情けなくなった。
◇ ◇ ◇
さてこれからどうしようか、と思いながらの帰り道。
道中、商人が開いた小さなバザーに出くわした。
こじんまりとしたテントが張られていて、その前に商品を乗せた棚が並べてある。
売り物を見れば、季節柄か色とりどりの織物糸が籠に入って置かれていた。
何となく目を引かれて足を止めたエイトに、人懐こい笑みを浮かべた商人が話しかけてくる。
「冬に備えて恋人に編み物なんてどうかね? そこの綺麗なお嬢さん。」
「おじょ……いや、あの私は」
聖堂用の支度とはいえど、それなりに兵士の格好をしているのだから性別を間違えようが無いはずなのだが。
そんなエイトの疑問など知らぬ商人は、尚もそのまま話し続ける。
「この秋空の下、編み物をしながらゆっくりと時間を過ごすなんて、この時期にしか出来ない贅沢だよ。」
「へえ……成程。それじゃあ、幾つか貰おうかな。」
「まいどあり!」
性別を訂正するよりも、商人が話した時間の潰し方に興味を覚えたエイトは、それが例え商売文句だったとしても気にしない。
相手の話に敢えて乗せられつつ幾つか毛糸を買うと、それらを持って城へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
家事全般は一通りこなせるエイトだが、実は裁縫関係――特に編み物などは初挑戦だったりする。これまで人に贈る毛織品などは、大抵を地方の特産品に頼っていたのだ。
しかも「編み物をする」という初めてのことを行うせいか、必要以上に気を張ってしまっていたらしい。
気づけば編み物関連の本や材料を更にたくさん買い込んでおり、それらを部屋に運んだところで我に返り――呆然とした。
山積みの書物と、箱一杯の毛織糸。
下手をすれば、一年分の衣服をそれらで賄えるような。
――夢中になる方向が違う。
「……俺は阿呆か。」
エイトは慎重すぎる己が起こした行動に、ウンザリした。
用心するにも程がある。
しかしこれだけ買ったのだから、とにかく出来る範囲でやってみよう、と思い直し、糸や道具を幾つか手に取ると糸を編んでいこうとした。
その時、開け放った窓から風が吹き込んできてエイトの前髪を撫でていった。
外に視線をやれば、澄んだ空に絹のような雲が一筋。
「……良い天気だし、どうせなら外でやるか。」
エイトは中くらいの籠に編み物一式を詰め込むと、それを持って庭へと移動することにした。
◇ ◇ ◇
そして今、昼下がりの空の下。
草の上に座り込んだエイトは、黙々と何かを編んでいた。
傍らには「初心者に優しい編み物」という本があり、適当に選んだページが開かれている。
どれを編むのか目的を全く決めないままに、ひたすら編んでいた。
「初心者に優しい、とあるのだからどれでも易しいレベルなのだろう」と思ったらしい。
仕事に関してはひたすら真面目なのだが、己のことになると途端に大雑把になるのだ。
「えーっと……こっちの目をこうして……で、これが――こう、か?」
見よう見まねで編む手を進めているのだが、気のせいか形がどんどん歪んでいるような気がする。
「この目がこれ……だよな? あれ? こっちだっけ?」
次第に編むスピードが落ちていく。
それに伴い、エイトの表情から余裕が消えていく。
「この編み目を飛ばして、それで……いや、これはもう編んだんだっけ? ……う~っ。」
唸りながら、編み物と格闘するエイト。
次第に焦燥感すら覚え始めてきたところで、頭上から声。
「その目じゃなくて、もう一個右だよ。」
「ん、これか? ……あ、いけた。」
「そのまま針を潜らせてみろ。それで本の通りになるから。」
「――本当だ! あはは、凄い――って。ええぇっ!?」
声に従って手が進んだのは良いのだが、途中で声の主に気づき、顔を上げたエイトは更に驚く羽目になる。