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冷たい人の名を呼んで

蒼黒の契約 黄金の誓環 1



好きな人が、いる。
でも、その人は冷たい。

まず、自分以外の人間に興味が無い。
役に立たないものは、要らない。邪魔なものは排除する。
必要なのは、権力。絶対の。
人情なんか目障りだ、と言い切る。
情愛すら持たない、人。

『そんな奴のことなんか諦めて、俺にしとけよ。』
とか、言われたけど。
でも――それでも。
好きなんだ。
どうしても諦めきれない。


◇  ◇  ◇


用事が無いのに、その人が居る場所へ向かうのが、日課。
それは想いを抱いた時からの、習慣。
広い聖堂、静かな気配。
漂う空気は神聖そのもの。
人が祈りを捧げに訪れる場所、その中で。
自分だけが、ただ異質。
天に祈って願いが叶うのならば、すぐに同じようにしてみせる。
魂すらも捧げて、真摯に祈り続けるだろう。

でも、きっと。
それでも、あの人を手に入れることなんて出来ない。
だって、あの人は神にすら弓引く者だから。

『私が従うのは、私自身。――相手が何であれ、屈する気は無い。絶対にな。』
たまたま、聖堂で二人きりになることが出来た時に聞けた言の葉。
それは全てを突き放すもので、胸が痛かった。

『愛などというのは、人が生み出した虚妄の産物に過ぎん。――貴様は、そう思わんか?』
酷い言葉。不敵に笑いかけられ、悔しいのに、不覚にも更に強く惹かれた。
向けられたものが何であれ、それは一応、微笑という類のものだったから。
だから、つい……頷いてしまった。
『ほう? まさか肯定されるとは思わなかった。』
相手が目を細め、意外そうな顔をする。冷笑が狡猾な笑みへと変わるその様にすら、俺の心は揺さぶられて。
『お前は、アレに近い人間だと思っていたが。』
アレ、と言うのは多分ククールのことだろう。
この人は、あまり人を名前で呼ぶことはしない。
『くくっ。成程――そうか。』
相手の指先が俺の顎にかかり、上に持ち上げられた。
正面から、強い視線で射抜くように見つめられる。
まるで、心を――魂を覗かれるように。
動けない。恐怖、ではなく緊張で。
そうして固まっている俺に、冷たい声が降りかかる。

『私と共に来ないか……エイト。』
誘う声、向けられるのは冷たい微笑。
冷たい声が、名を呼んだ。

『お前とならば、世界を……否、全てを手中に収めることが出来るかもしれないからな。』
恐ろしいことを平然と言いのけられ、鳥肌が立った。
頭の何処かで、警鐘が鳴るのを聞く。
そっちに行くな、と。……そんな、誰かの声を聞いた気がした――けれど。

この視線に心を射抜かれ。
この声に魂を掴まれて。
何もかもを侵食されては、抗うことなどできる筈も無く。

「行きます……連れて行って、俺を。――マルチェロ。」

冷たい人の名を呼んで。
差し伸べられた手をとった。
後に待つのは、闇に続く破滅の道。
けれどそれでも。

この人と共に、滅びを抱けるのならば。
この人と共に、堕ちていけるのならば。

迷いなど、払拭される。
後悔など、しない。

――ああ。最期まで、諸共に。

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