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悪夢から醒めた後に

・1・



「……そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」
外は少し風が冷たかったが、それを補うように日差しは暖かい。寒さのせいか、銀の髪がいつもより綺麗に煌いて見えた。
その銀髪に触れながら、エイトは話しかける。
「なあ……聞いてるんだろ?」
しかし、相手は先程から目を逸らした状態でおり、話しかけても何も言おうとせず、子どものように口をへの字に曲げたまま。
沈黙の空気が風と共に流れ、エイトの髪を揺らす。

――今日はまた随分と気難しいな。
心中で呟き、困惑した表情を浮かべて相手の様子を見遣る。
しかし、かといって何度も執拗に尋ねたり、無理に聞き出そうとはしない。
ただ子供をあやすような仕草で相手の髪を梳きながら、この状況に至った経緯に思考を寄せてみる。
そこにこの沈黙を解く鍵があるのかは分からなかったが、考えることで何かが見えてくるかもしれない……と、とつとつと言い訳をしたが、結局は一つ。

この会話の無い雰囲気に気詰まりした感じを覚え始めていたので、耐え切れず……逃避したわけだ。


◇  ◇  ◇


「……よぅ。」
いつものようにトロデーン城で働いていたエイトの元に、ククールは突然やって来た。
逢う約束はしていない。約束などしていたら、エイトは仕事の最中であるはずが無い。
それなのに、ククールはエイトに会いにやって来た。

普通なら追い返されてもよさそうな行動だが、ここ、トロデーンの城の人々は優しく、わざわざ訪れてきた人間を無下に帰らせることはしない。
エイトとしては、兵士の特性上、その点に対して毎度溜め息を付く。
主君の安全を守る為に自分たち兵士がいるというのに、あっさりと人を中へ迎え入れようとするのだから。主君どころか、その兵士までもが。
杞憂を抱いたエイトが少し厳しい態度で彼らを指導し、警備を厳しくしたのは言うまでも無い。
それでもどこかの富豪程度の警備力にしかならなかったのだが――その話は、置いといて。

エイトは思考をククールに戻し、今の状況を笑った。
それもまた昔の話になってしまったのだから、そう心配することではないのだ。
暗黒神を倒した今は平和であり、突然の訪問も日常茶飯事になったこともあるせいか、別に驚くようなことも憂うようなこともない。
ククールは言っても聞かないし、エイトもエイトで慣れてしまったのだから。
平和な日常の、いつもの日課。
互いに笑いあって、会話が始まるはずだった。

「逢いに来てやったぜ、エイト。」
「約束はしていないはずだぞ、阿呆。」
素直になれない会話が、始まるはずだった。
いつものように。
だが――今日のククールは、少し様子が違っていた。

ククールは笑うこともせず、エイトの顔から視線を逸らしたのだ。
そこで、エイトは怪訝に思った。
よくよく見ると、どことなく元気が無く、表情に影が差している。
廊下にいたので、照明のせいでそう見えるのかな、などと思ったが、ククールが伏せ目がちにしている姿を見て、その可能性は捨てた。
口を開かない様子に、訝しみながらも、エイトは相手に近づき話しかける。

「どうした? 何かあったのか?」
「……。」
ククールは目を上げようとせず、質問にも答えない。
「クク――……っ!?」
そればかりか、不意にエイトの手をとるとそのまま強引に引っ張って歩き出した。
その突拍子も無い行動に、流石に驚いたエイトが声を上げる。
「な、何だ? おい、ちょっと……俺はまだ仕事が――」
「いいから。……ちょっとだけ付き合ってくれ。」
相手の無遠慮な歩行速度と、手を引っ張られながらの不安定な姿勢に、何度か足がもつれ、転びかける。
しかしククールは、よたつくエイトなど顧みず足早に歩いていく。
エイトが眉を顰め、何とか体勢を整えながら口を開いた。
「緊急事態か? 何だよ、何があったんだ!?」
「――余裕、無ぇんだ。……黙って歩いてくれ。」
後ろを振り向きもせず答えたククールの声は、どこか冷たく硬かった。
エイトは何かを言いかけるも、突き放したような口調に惑い、結局は口を噤むと素直に黙った。

この身勝手な台詞。全く気遣いが無い行動。
今日のククールは、おかしい。
まるで訳が分からない状態だが、さりとて腹は立たず、怒る気もしなかった。
それ以上にククールの不調さが心配で、それどころじゃない。
冷たい声。手袋越しの手も冷たい。

緊張しているのか? 何故?
なあ、ククール。何があった?

エイトは前を歩くククールの背を見つめながら、とりあえず手を引かれて歩いていく。
どこに行く気かは知らないが、とにかくこの手は振り払わないでおこうと思った。