君に祝福を
騎士はそうして花束を捧ぐ・8
「これで一件落着、か?」
式が無事に終了し、花吹雪と歓声が舞う人々の行列から離れた場所で一息つきながら、ククールは確認するかのように呟いた。
腰を下ろした芝の上は、陽に照らされていたせいかいつもより温かい。
側に立っていたエイトがそれを聞き、頷きながら言い返す。
「ああ。マルチェロなら一網打尽にしてくれるだろう。万事、解決だ。」
「だろうな。」
ククールは笑い、エイトを見上げた。
「しっかし……勿体ねーよな。」
「何が?」
「修道女。そんなに早く着替えちまわなくても良いだろーに。」
「ばっ……! 阿呆!」
エイトが拳を振り上げ、ククールの脳天に一つ。
ごつん。
「痛ってぇ! ははは、冗談だって!」
「どうだか!」
「ジョークで和ましてやっただけだろ? それよかさ……。」
「ん?」
「これで――お前の重荷は取れたんだよな?」
「……。」
エイトが目を瞠り、ククールを見返した。
気づかれる筈が無いと思っていたような表情だ。それを見て、ククールは肩を竦めて笑う。
「お前のことに関しては鈍感じゃねえぞ、俺は。」
髪を掻き揚げ、苦笑交じりに先を継ぐ。
「何が何でも、あいつ等の幸せを護ってたよな。一人で全部背負って、走り回って。俺やみんなに相談もしないで、一人でさ。」
「……重荷だったわけじゃない。」
エイトが俯き、ぎゅっと拳を握り締める。
「俺は……俺は、ミーティアの想いを――」
『好きです、エイト。』
暗黒神を倒し、世界に平和を取り戻したあの後。
一度目の婚礼当日。
姫君から告げられたのは、いままで抱き続けていたであろう長年の想い。
エイトは、それに答えることが出来なかった。
何も言えず、どういった顔をすればいいのかも分からず。
戸惑いながら兵士の職務に従って、長く続く廊下の先導をした。
「エイト、あの……私――!」
「……ごめん。」
ようやく返せたのは、たった一言きり。
背後でミーティアが息を飲み、俯き、悲しげに小さくすすり泣くような声が聞こえた。
だがエイトは結局――振り返ることも出来ず、彼女を案内した。
その代わり、結局は式を台無しにした。
せめてもの償いだというように。
最終的にはチャゴスを改心させ、鍛えなおし……今度が、二度目の婚礼になる。
「それで? これからどうするんだ。」
ククールの声に、エイトは回想に漂っていた意識を引き戻した。
苦笑、というよりは皮肉めいた笑みを浮かべ、首を振って言い返す。
「新婚さんの邪魔をしたくないからな。……少し暇を貰って、旅にでも出るさ。」
「それで、どこへ?」
「どこへでも。マルチェロから声が掛かってるから、路銀の心配は無いし。」
「じゃあ、俺と行くか。」
「お前と?」
「おう。」
突然の誘いかけに、目を丸くするエイト。
ククールは胸を叩き、大らかに笑って。
「旅は道連れ、って言うだろ? それに、俺のほうが先輩だぜ。」
「何の先輩だよ。」
「旅人の。」
「あー……ひたすら放浪してるもんな。」
「放浪じゃねぇよ! 見聞を深めてんだって言ってんだろ!」
「格好つけた言い方するじゃないか。」
「可愛くねぇ。」
エイトの切り返しに、ククールがわざとらしく睨みつける。
「いいからエイト、答えは?」
「……どうしようかな。」
「渋ってねぇで、一緒に行こうぜ。お前となら退屈しないしよ。」
その言葉に、エイトが笑う。
「あははっ! 言ってくれるじゃないか。」
楽しげに笑い、エイトはククールに向き直って言う。
「じゃあ、ついて行こうかな。お前と一緒に、世界に向かって。」
「おしっ、決まりだな! 先ずはどこ行くよ? ベルガラックでカジノいっとく?」
「お前……それが目当てだろ。」
「じゃあポルトリンクで船旅。」
「……お前に任せた。」
「言ったな? 苦情は一切受け付けねぇぞ。」
「は!? おい、ちょっと待て。その不吉な笑みは何だ!? こら、ククール!」
「ククールツアーにご参加頂き、ありがとうござーい!」
「腕、腕が抜ける! いたた、こら、待てって! ……こらーーー!」
そうして姫君の幸せを願った兵士は、一時の別れを告げて世界へと旅立つ。
一人ではなく、二人で。
騎士と共に笑い合いながら、広い世界へ翼を広げて旅立っていく。
高い丘の上。
エイトは一度振り返り、遙か遠くの景色に視線を留めた。
そしてその場所から告げるのは、祝福の言葉。
「おめでとう、ミーティア。どうか、幸せに。」
それと、もう一つ。
「いつまでも君の幸せを祈ってる。だから――さようなら。」
別れの言葉は風に乗り、いつか手紙と共に届くだろう。
大きな花束に紛れて。
彼女の涙に濡れて。