君に祝福を
騎士はそうして花束を捧ぐ・7
凶行。
だが悲鳴も血飛沫も無く。
突然の、静寂。
「へ、陛……下?」
ソラが恐る恐る目を開けてみれば、パヴァンは血に塗れてなどおらず、怪我も無い状態で彼女の前にいた。変わりなく、無事に。
惨劇は――起きて……いない?
ふと、若き王の前に青いローブを身につけた修道女がいることに気づく。
よく見ればそれは、先程まで儀式の手伝いをしていた修道女だった。
彼女は手にしている何かでナイフを防ぎ止めつつ、男を厳しい目で睨みつけている。
青いベールの陰から覗く横顔は美しいものだったが、神に仕える女性にしては少し凛々しすぎる気がした。
男の禍々しい刃を、あの女性は何で受け止めているのだろう?とソラは不思議に思う。
ここからではよく見えないが、僅かに青い光がチラチラしていた。
ぎりぎりと刀の軋る音がする中、男は驚愕で顔を歪ませながら、修道女に向かって口を開く。
「お、女ぁ……崇高な行為の、邪魔を……するなぁ!」
男は歯軋りし、押し通ろうとナイフに力を込めるのだが、女は微動だにせず、ナイフの方もびくともしなかった。不穏なものを感じたのか、男の頬を汗が伝う。
修道女は冷たい眼で男を見据えつつ、難無く剣を押し返しながら口を開いた。
「煩い。――お前の凶行はここで終わりだ、阿呆。」
「なっ!?」
ククールは、その声に聞き覚えがあった。
その声、その口調は、ついさっきまで会話を交わしていた人物と全く同じ――。
「エイト!?」
ククールが思わず名を叫ぶと、修道女がちらりと一瞥を向けた。
凛々しい修道女が――エイトが叫び返すのは、戦いの最中によく聞いた命令の声。
「何をぼさっとしてる! とっとと手伝え、阿呆!」
「お、おう!」
戸惑いを一蹴されるような、凛とした声だった。
反射的に身体が動いたククールは魔法を詠唱しながら、応戦する為に鍔迫り合いをしている方へと駆けていく――。
◇ ◇ ◇
――数分後。
床には、す巻きのように荒縄でぐるぐる巻きに縛り上げられた男が転がっていた。
その側にはククールとエイトが立っており、再開された婚礼の儀を遠巻きに見守っている。
再開された幸せに繋がる光を見つめるエイトとククール。
床に転がる男(口には、ご丁寧にもエイトが封呪の魔法をかけてある)の存在など無いに等しい態度で、彼らが話し合うのは式に対するそれぞれの感想。
「二人とも初々しいなー。見ろよクク、ほら。ソラ、赤くなってる。」
「エイト、お前なんか反応がジジくせーぞ。」
「うるさい。放っとけ。」
「それにしても……修道女に変装とはな。しかもキラーピアスかよ。考えたもんだな、お前。」
「似合ってただろ?」
両腕を組み、艶然とした一瞥を返すエイトに、ククールは苦笑して。
「女装……楽しんでんのか?」
「……阿呆。この方法しかなかったんだ。」
エイトは僅かに顔を顰め、修道女の格好のままで言う。
「それに――俺の恥の一つで凶行が防げたんなら、安いもんだ。良かったんだよ、これで。」
「へーぇ? まあ随分と寛大、つーか……何だよ、そのとろけるような優しさは。あれか、修道女効果か?」
「う……煩い阿呆っ! い、いいから、お前は早くマルチェロに連絡しろ! コイツを引き取ってもらうんだ!」
「は? 何でまたマルチェロなんかに……。」
「尋問はアイツの方が上だからだ。」
即答。
ククールも、直ぐに納得した。
「あー……。成程な。はは、言えてる。……お前も、挑んだ相手が悪かったな。」
ククールは床に転がっている男に憐憫の眼差しを向けると、苦笑した。
男を待ち構える、これから先の透けて見えた未来に、同情して。
「んーじゃあ、連絡してくるか。ソイツの見張りは、お前に任せても良いんだよな?」
「当たり前だ。心配しないで行って来い。」
「おう。分かった。じゃ、また後でな。」
そのまま背を向けると、ククールはその場を後にした。
後に残されたのは、修道女姿のエイトと簀巻きの男。
静かになった聖堂の片隅で、エイトが口を開く。
「……そういう訳だ。これから後のお前の生死は、知らないからな。」
「……っ。」
先程ククールと会話をしていた声とは打って変わった、冷たい声だった。
男は目を見開き、エイトを見上げる。
もごもごと何かを言い返しているようだが、封呪の掛けられている状態では声も出せず、何も伝えることが出来ない。
いいや、例え男の言葉を聞いたところでエイトは何の慈悲も見せないだろう。見下ろす眼差しが、全てを物語っているのだから。
エイトはパヴァンたちのいる方を見つめながら、男に向かって語りかける。
「お前も、今のうちに祈れるものに祈っておけよ。」
そして視線と共に向けるのは、艶やかな冷笑。
「もう一生……その祈りが届かない場所へ行くんだからな。」
「――っ!」
男は恐怖以上の何かに怯えを感じ、がたがたと震えだした。
床よりも何よりも、自分を見つめている青年の気配と声が、酷く冷たく怖ろしかったのだ。
(な、なんだコイツは!? ガキのくせに……人間じゃ、ないみたいな……!)
冷ややかに射抜く瞳は、まるで、そう――竜のような。
「自分で選んだ行動の末路だ。煉獄の底で深く反省しろ。――永劫に。」
そんな男とエイトの間で交わされた会話は、少し離れた場所にいる彼らには聞こえない。
誕生したばかりの新しい夫婦が、幸せそうに微笑みを交し合っているその場所だけに、温かな光が降り注いでいた。