君に祝福を
騎士はそうして花束を捧ぐ・6
聖堂の内は、粛々とした雰囲気が漂っていた。
それは全く見事な静謐さを保っており、音といえば儀式の教典を厳かに読み上げる神官の声だけ。
ククールは柱の一角の陰に身を潜めており、その光景を見守っていた。
しかし警備兵というには、その出で立ちはあまりにも簡素であり、明確に言い表すならば丸腰の状態である。
儀式内の規則上、仕方ないこととはいえ、何かが起こるのが分かっている中でこうも無防備だと、ひどく不安になってくる。
勿論、素手での格闘経験が無いわけではない。実際に世界を旅していた頃などに何度かしたことがある。
それなのに、こうも不安になってしまうのは――背を預ける相手が居ない事も、一因か。
「あいつ、俺には”ここで見張っとけ”なんて言ったくせに……どこ行っちまったんだ?」
儀式の邪魔にならない程度に、独り言を呟くククール。
出来事は、少し前――鐘が鳴り、儀式が始まる寸前に遡る。
◇ ◇ ◇
「クク! お前は、神官たちと一緒に中へ入れ。」
始まりの金が鳴り響く中、エイトはククールの腕をとるなり、いきなりそんなことを言った。
突然の台詞に、ククールは怪訝な顔をする。
「はぁ? だってお前、中に入れんのは――」
「そうだ。だから、武器になるものはみんな置いていけ。いいな? 持ち込むなよ。」
「待てよエイト、それじゃ意味が――」
「説明は後だ。お前は俺より回復の術に長けているだろ? もしもの時の用心だ。いいから、武器を置いてとっとと中へ入れ。分かったな?」
「……いいけどよ。そう言うお前は、どうする――って、おい。どこへ……!」
エイトはククールに役目を言い渡した後、自分は用事があるのだと言い捨て、そのまま走って姿を消してしまった。
「行っちまったよ……何なんだ、全く。」
後に残されたククールは、あまりの性急さに憮然としたが、エイトにはエイトの考えがあるのだろう、と思い直した。
果たしてそれは妙案か、名案か。
しかし今は、迷っている暇など無い。
「あいつの考えはほんと読めねぇー……。まあ、俺が考えることじゃねぇか。」
ククールは息を吐くと、それでも所持していた武器の全てを聖堂前の門番に預け、エイトの言葉に従って、聖堂内へと入っていくのだった。
◇ ◇ ◇
静謐な空気の中、儀式は進んでいく。
神聖な流れを見つめていると、何事も起きそうにない気がした。
契りの言葉。
誓いの応答。
そこへ、青いヴェールを被った修道女が絹に載せられた指輪を持ってきた。
交換の儀式。
涙ぐむソラのヴェールをパヴァンが掬い上げ、そして重ねるは愛の証。
(しっかし……欠伸が出ちまうな、こうも緩やかだと。)
離れた場所の柱の影にもたれかかりながら、ククールはその光景を眺めていた。
このまま平穏に終わるのだろう。
――そうであって、欲しい。
そんな光景の中、ククールはふと修道女に目を止めた。まじまじと見つめ、思わず心中で呟く。
(あのシスター……もしかすると、結構美人なんじゃねぇのか?)
健在なるは邪な感情。
エイトが居たら殴られているところだが、当人が居ないせいもあってか、ククールは修道女を眺めながら一人、遠慮なく妄想する。
(顔があんまり見えねぇけど、ありゃかなりの美人だな。俺のセンサーが反応してるし。)
何のセンサーだ!と、本来ならばここで突っ込んだ発言があるところ。
だがそれもやはりエイトが居ないため、どうしようもない。
(式が終わったら、声でもかけてみるか。)
いつの間にか、ククールからはギスギスした緊張感が取れていた。
(ま、こういうのもたまにはいいよな。)
平凡に、平和的に、式が終わりに近づいていく。
あと少しで――終わる。
(あー眠い……。――ん?)
その時、彼らの背後から赤い絨毯が敷かれた道をなぞるようにして神官が歩いてきた。
深く被ったフードのせいで、顔はよく見えない。
その手には、小箱らしきものが一つ。
ああ指輪か……と、ククールはそう連想したのだが――。
(――待てよ?)
違和感。
思い返してみれば、指輪の交換は口付けの前に済んだ筈だ。
ならば、あれは何だというのか。
いいや、その前に何故――何故、神官がもう一人いる?
「アイツか……!」
ククールはハッとなり、柱の影から飛び出した。そして走りながら、パヴァンたちに向かって叫ぶのは警告。
「あんた達、ソイツから離れろ! ソイツは――……!」
だがククールの行動よりも、赤い絨毯を歩いていた怪しげな神官の方が早かった。
かたん、と小箱が落ちる。
その中から取り出されたのは、醜くくも鋭い形をした大振りの小刀。
ククールはそのナイフの形状を見てギクリとした。
毒蛾のナイフ。
暗殺者が好んで使う、凶器。
「その命……もらったぁ――っっっ……!」
「ソラッ!」
パヴァンは彼女を引き寄せると、自分の身を盾にするように男の前に立ちはだかった。
「陛下っ!」
ソラの悲鳴が、聖堂内に響く。
フードの下から覗く歪んだ笑み。
男は真っ直ぐに駆けて来ると、躊躇いも無くナイフを振りかぶった。
無慈悲な刃が、パヴァン王に向かって振り下ろされる。