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君に祝福を

騎士はそうして花束を捧ぐ・5



重要な情報を得られないまま、一日、また一日と日が過ぎていった。
残り少ない時間。
生じる焦りが更に不安を増大させ、どんどん不安になってくる。

――なあエイト。そろそろ別の方法に変えてみないか?
兵士の役柄に疲れたククールが、弱音ともとれるような相談をエイトに持ちかけようとしていた時だった。
事態は、ここへ来てから一週間後――七日目が訪れた頃に、動きを見せることになる。
それは、唐突な台詞だった。

「犯人の見当が付いたぞ。」
「はっ!? マジかよ!?」
仮初の一日が始まろうとしていた、いつもの朝。
いつものように寝坊していたククールを、毎度の如く拳骨で起こしたエイトが開口一番発した台詞がそれだった。
ククールは驚きの方が強かったらしく、頭を殴られた痛みをすっかり忘れたような顔をして呆然とエイトを見つめ返す。
一体いつの間に!?――と、そんなことを言いかけたが、そういえばこの青年は優秀な兵士長だったのだ、ということを思い出した。

一見すると、エイトはどこにでも居そうな温和で生真面目な青年である。
現に、ククールが初めて会った時に抱いた印象がそうだったのだ。
ところがフタを開けてみれば、実際は剣の腕は立つは冷静だわ、止めに中性的な美貌とは裏腹に妙に気が強い、と三拍子どころかもっとある始末。
まあ、そういうところに惚れてしまったわけだが。

――そんな惚気ともとれる感想は、さておき。
それにしても、とククールは考える。
このエイトの淡々とした態度は何なんだ、と。
犯人の見当が付いたというのなら、もう少し、こう、息を弾ませたり顔を紅潮させたりしないものなのかと不思議に思ったのだ。
なので、ククールはつい疑問を口にした。

「あのよー……犯人が判った割には冷静だよな、お前。喜びとかねぇわけ?」
すると、エイトは「何を言っているんだ」という目をし、言い返す。
「阿呆。情報の一つ一つに一喜一憂してたら、城勤めなんか出来ないだろ。」
言われてみれば、確かに。
ククールは頭を掻くと、話の流れを戻す為に先を訊ねることにした。

「……で? どうするんだ。」
「何が。」
「何ってお前……捕まえるんだろ?」
「当たり前だ。でも――それは、今じゃない。」
「はぁっ!? グズグズしてたらヤバイんじゃねぇのかよ!」
「落ち着け。こういうのは現行犯で無いと駄目なんだよ。一撃必殺、でいかないと。」
「あ? 何だそりゃ。」
「三日後、アスカンタで婚礼の儀式が行われる。……犯人は、その時に動く。だからチャンスは一度きりで、失敗は許されない。犯人も、俺たちもな。」

成程。


◇  ◇  ◇


挙式当日。
儀式が行われる聖堂前には、それを祝う為に集まった人々で賑わっていた。
町のあちこちには彩りの花が飾られ、それに添えられるのは歓喜の声。
皆が皆、穏やかな顔をして歓声と祝福とを捧げている。アスカンタにおける王の評価は、それで充分だった。

「へぇ。案外好かれてんだな、あの王様。」
ククールが意外そうに呟けば、それを側で聞いたエイトが苦笑してたしなめる。
「失礼が過ぎるぞ、阿呆。まあ……俺たちの初対面は、パヴァン王の引き篭りならぬ”泣き篭り”だったからなあ。」
前妃を亡くし、悲しみに伏していた若き王。
月人の奏でる透明な旋律によって悲しみは消え、後に残ったのは前向きに生きる決意と、優しい乙女ソラ。――後に、今の妃となる少女。

「何だかんだいって、色々あったよな俺たち。」
感慨深げにククールが言った。
エイトは、何を今更、という風に肩を竦めたが、それでも苦笑しながら頷き返す。
「……そうだな。」
「あの時だっけ? ゼシカやヤンガスたち皆で、丘の上のピクニックしたのって。」
「あはは! よく覚えてるな?」
「そりゃ覚えてるさ。――お前が、初めて俺に笑いかけてくれた日、だからな。」
「……そ、そうだったか?」
エイトが視線を空に投げて逃げるも、ククールは尚も話を続けて逃がさない。
「俺とエイトの初対面も、あんまいいもんじゃなかったよな。」
「……そう、だな。」
僅かに顔を顰めるエイト。

道化師。
燃えさかる架け橋。
杖で貫かれた賢者が一人は、ククールとマルチェロの義父でもあった。
凶行を阻止する為に訪れたのに、結局は止めることが出来なくて。
雨の中で行われた葬送は、今でも覚えている。
多くの涙が流されたのを見てきた。

(――あ。まずい。)
ククールはエイトの表情が苦々しいものになっていくのに気づくと、場の雰囲気を変える為に話の矛先を変えることにした。
「そ、それよりさ、エイト。警備の方はどうなってんだ?」
「ん? ……ああ。隊長クラスは聖堂門前、他は周囲一帯に配置してる。」
「いや、それは説明してもらったけどよ。俺が聞いてんのは、聖堂内だよ。」
婚礼の儀式は神聖なものとして扱われる為、兵士は立ち入ることが出来ず、武器の携帯も許されていない。
神事が絡むと、どこもそういうものだ。
ククールもそれは良く知っている。
気難しい顔をした兄上様が見事に叩き込んでくれたものだから、特に。

「んー……ちょっとこっちで話そう。」
エイトは両腕を組むと、柱の方へ向かって手招きした。
その物陰に寄ると、密談のような囁き声で話しの続きを再開させる。

「その点は俺も気になっていたから、王と神官に掛け合ってみたんだ。」
「武器の携帯許可をか?」
「そう。結果は…………分かるだろ?」
「お前がここに居るってことはダメでした、ってか。あー、分かるぜそれ。神に仕えしものってやつは、どこもかしこも堅物が多いからな。」
「言えてる。」
揃って共通した人物を思い浮かべたのか、くくっと笑うエイトとククール。
エイトが更に、説明を言い繋ぐ。

「――そんな訳で。聖堂内に居るのが許されているのは、王とソラ……つまり妃と、神官だ。後は、雑務とかをやる修道女が一名、というところらしい。」
「うーわ。山賊一人で普通に襲えるじゃねえか。」
「物騒な感想吐くな……と言いたいところだけど、同感だ。」
エイトが素直に認め、口にするのは不安となる材料。
「事実、王と妃は当たり前のように攻撃魔法なんて使えないし、神官も修道女も同様だろ? ああ、まあ……回復魔法くらいは、何とか扱えるようだけど。」
「回復つったって、死んだら元も子もねぇよな?」
「うん……そうなんだよな。」
エイトが頷き、憂えた表情で押し黙る。
ククールは渋い顔をして柱にもたれかかると、ふうと溜め息を吐いた。
「どうしたもんかな。」
そのまま訪れる沈黙。
いっそ挙式を中止にするべきか?――意味も無く空を仰ぎ、雲が流れるさまを目で追う。
エイトは両腕を組んだまま、聖堂の方をじっと見つめている。
その思案顔は、やがて何かを閃いたもののようになり、そして――沈黙を破った。

「良いこと思いついた。」
そんな呟きが漏れたのは、式典の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いたのと同じタイミングだった。