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君に祝福を

騎士はそうして花束を捧ぐ・4



わざわざ変装までしたというのに、それから三日間は何の進展も無く過ぎていった。
仮の生活、借りた身分。
得た情報を刈りとりながらククールはエイトと共に犯人探しに勤しんでいたのだが、見つからない時は何も見つからないものだ。
城内、城外、町の中、酒場の中。
それとなく聞き込んでみたが、怪しい者を見たとかいう情報は入ってこない。

そんな彼らも、仮ではあるが今現在はアスカンタの兵士(もどき)である為、まずは聞き込みより何よりも、城の仕事を優先しなければならなかった。
出掛けようにも、たちまちに見つかり、直ぐに声が飛んでくるのだ。
「お、アンジェロ。倉庫に行って、食料の手配を頼む!」
「おーい、セラー! あの報告はどうなったー?」
「儀式で使う果物がやっと届いたか。セラ、お前これしまっておいてくれ。」
「おいおいアンジェロ! この書類、計算が間違ってるじゃないか! やり直し!」
エイトはものの見事に慣れているようで、対応は素早く、結果も完璧だった。
流石は現役エリート兵士長。
派遣依頼が舞い込んで来るわけである。
それに比べ、そういったことに慣れていないククールはというと――。

「スカラでもかけてんのかお前……。」
「……お前こそ、ルカニでもかけられているのか。阿呆。」
矢継ぎ早に課せられる兵士の仕事量を捌けず、捌ききれず。
その内にずるずると部屋の隅へ行ったかた思うと其処へ突っ伏し、くさったしたいさながらに、寝そべる始末。その有様は、床と一体化するんじゃないかと思うほど。
エイトはククールの皮肉を皮肉で言い返したものの、二倍の速度で疲労していくククールの姿を見ると、肩を竦めてやれやれと言う風に首を振った。
しかし呆れた顔をしつつも、密かにククールの分の仕事を受け持ってはコッソリ処理してやっていたりするのだから、どうにも素直ではない。


◇  ◇  ◇


「だあーっ! もう無理、マジ無理、限界!」
ようやく訪れた休憩時間。庭の植え込みの側に腰を下ろし、一息つくのが彼らの日課になっていた。
ククールは仰向けになると、空を見上げて欠伸をした。
すっかり寛ぐ気でいるようで、遠慮もなく思い切り四肢を投げ出して、寝そべっている。まだ終業では無いのだが。

「空が眩しー。」
「コラ。あまり太陽を見つめるな。残像が目に焼きついて、暫く消えなくなるぞ。」
「シビアな奴。判ってるっつーの。……あ、そうだ。なあ、エイト――」
「迂闊にその名前で呼ぶなって言ってるだろ。……何だよ。」
「お前ってさ、いつの間に愛称で呼ばれてるわけ?」
ククールの突飛な質問を受けて、エイトが怪訝そうに顔を顰めた。
「……知るか阿呆。好意でも持たれたんだろ。」
「好意、ねぇ……。」
憮然とした顔をし、ククールは呟く。その言葉どおり、ただの好意で済めばいいのだが。
当人は全く気にしていないようだが、ククールとしては何となく面白くない。
エイトがいつまでも自分の美貌を自覚していないから、尚更心配になるのだ。

「エイト、お前さ……あんま無防備でいんなよ。」
「誰が無防備でいるか、阿呆。」
「ふうん? じゃあ――試すぜっ!?」
「は!? 何っ――……!」
かきり、と剣を抜く音がした。
走る剣閃。
横薙ぎにされた一閃をどうにか交わしたエイトが息をつく間もなく、第二撃。
交わしきれず思わず剣を抜いて応じれば、がきり、と刃がぶつかる音がした。
顔を上げれば、ククールが不敵な笑みを浮かべるのが見えて。

「お、前、はっ! こんなところで何考えてるんだっ!」
あまりのことに剣を仕舞いつつエイトが怒鳴ったが、ククールは剣を収めるなり、一言。
「何って。抜き打ちテスト。」
「阿呆!」
「しかし、腕の方は鈍っちゃいねぇみたいだな。安心したぜ。」
「ククール、お前って奴は――!」
「ほんと、怪我しねぇでよかった。……結構ひやひやしたんだぜ?」
「……心配するくらいなら、阿呆な真似をするな。阿呆。」
「ははっ、ひっでーの。というかお前、阿呆阿呆言い過ぎ。」
「阿呆は阿呆だ、阿呆!」
「まだ言うか!」
言い合いはいつの間にか形を変え、お互いに肩をぶつけて笑い合っていた。
傍から見れば、それは子犬同士がじゃれ合っているようにしか見えない光景だ。
二人はそれでも、笑い続けた。

いつしか休息時間も終わり、側を通りがかったアスカンタの兵士長に怒鳴られるまで。


◇  ◇  ◇


「……ありえねぇー。」
就業時間が終わり、ようやく兵士の仕事から解放された。
エイトの仮住まいの自室にて、ばふりとベッドに倒れこんだククールが疲労困憊に叫ぶのは、身も無い嘆き。
「何だよこれ……何なんだよ。筋肉痛だっつーの……ありえねぇー……。」
「情けないな。聖堂騎士だったんだろ? しゃきっとしろ、しゃきっと。」
そう言うエイトは椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
ククールは目だけを上げると、じとりとエイトを見てぼやき返した。
「こういう苛烈な労働みてぇなのは、俺のような温室育ちには無理なんだよ。」
「誰が温室育ちだ。夜な夜な酒場や娼館に通い詰めてたんだろ。」
「ま、若かったし? 男なら当然だろ。」
「開き直るな阿呆。」
「そういうエイトは?」
「何が。」
「夜遊び。ナニやってた?」
「……何もするか。せいぜい、部屋で読書するくらいだ。」
「はぁっ!? ありえねぇ! どこの隠居だよお前!」
「夜中に騒ぐな。……ミーティアが寂しがるから、あんまり外出できなかったんだよ。」
「……悪い。」
「謝るな。」
「そうだけど、なんかさ。」
「……。」
少しだけ、気まずい。
ククールはしばらく天井を無意味に仰いでいたが、やがてポツリと言った。

「疲れたな。」
「だろうな。嫌なら帰っていいぞ。」
「……協力するって言ったじゃねーか。最後までやり抜くさ。」
「言うじゃないか。ま、礼だけは言っといてやる。……ありがとな。」
「おう。あ、そうだ。さっきのことなんだけどよー……。」
そこでククールが起き上がり、ベッドの上で座りなおした。
「ん? 何だ。」
エイトがカップを置いて訊ねれば、ククールは首を捻って問う。

「ミーティアが寂しがるから、側から離れられなかったんだよな? じゃあ、トイレとか風呂とか、どうしてたわけ? 一緒だったのか?」
「……一度くたばるか、お前。」
言うなり、ベッド脇に立てかけていた剣にエイトが手を伸ばす。
「じょっ、冗談だろ、冗談! このくらい受け流せよ!」
「……阿呆。」
エイトは呆れた目をしてククールを一瞥すると、溜め息を吐きつつ剣を元の場所に置いた。
そして続けるのは、これ以上無い皮肉。

「俺のほうで申し込んでおくから、今度研修しに行って来い。」
「は? 研修って……どこだよ。」
「マルチェロのとこ。」
「それだけは勘弁!」
二人は雑談を交わしつつ、その日も夜遅くまで、それぞれが集めた情報を交換しながら話し合いを続けたのだった。