君に祝福を
騎士はそうして花束を捧ぐ・3
その部屋は、兵士のものにしては随分と豪華そうに見えた。
実際、上等なのだろう。ここの王様は、エイトに借りが――良いほうへ言い換えれば、恩が――あるのだから。
きょろきょろと室内を眺めていると、そこへ紅茶を載せたトレイを持ったエイトがやってきた。
そしてククールの物珍しげな反応を見て、笑う。
「不審者発見。」
「うるせー、バカ。」
「砂糖は?」
「一個。」
テーブルに着き、向かい合って座れば、ふわりと紅茶の良い匂いがした。
◇ ◇ ◇
紅茶をすすり、一息ついたところで話の口火を切ったのはククールだった。
「それで? お前は何でこんなところでアスカンタなんかの兵士をやってんだ?」
「なんか、って言うな。失礼だろ。」
「あー悪ぃ。それよかさ、偽名まで使った上に、止めに変装だろ? 大事っぽいけど、何かあったのか?」
大して悪びれずに質問を続けたククールをエイトはジロリと睨んだが、直ぐに視線を伏せると、溜め息を吐いてポツリと言った。
「……今度さ、ミーティアとチャゴスが結婚するだろ?」
「ん? あ、ああ。」
「それで、この間……届いたんだ。手紙が。」
「あー……結婚式の招待状、か。」
「違う。差出人は、そっちじゃない。」
「は? じゃあ誰から……。」
「知らない。名前、書いてなかったし。でも――」
そこでカチャリとカップを置き、エイトは言う。
「内容が脅迫だったから、祝言とかそういうものじゃない事だけは分かってる。」
「きょっ、脅は――」
「阿呆! 声が大きい。」
「もがっ……」
ばしっ、とククールの口を塞いでエイトが睨んだ。ククールは頷きながらエイトの手を剥がすと、声を潜めて話の続きをする。
「わ、悪ぃ。……で? 手紙には何て書いてあったんだ?」
「覚えてるわけないだろ。覚えるもんか、狂気者の書いた文面なんて。ただ……血統がどうとか、神がどうとか。そういった類のことが便箋で十三枚はあったな。」
ひとつふたつと指を折り曲げて数を示し、エイトは鼻で笑う。
「文章が上から下まで隙間無く、みっしり。無駄な空白とかも無かった。」
「うわ、気持ち悪ぃ……つーか、そこまでいくともう気味悪ぃな。しかも十三とか。とことん不吉すぎるだろ、それ。」
ククールが顔を顰め、ぶるっと身を震わせた。それから、更に声量を落として訊ねる。
「それで、お姫様……ミーティアには?」
「彼女にもチャゴスにも、手紙の内容については見せてないし、届いたことすら言ってない。……言えるか? 式を前にした幸せな人間に、脅迫状が届きました、って。」
「……言えねぇ、な。」
「だろ? で、取り合えず身辺の警備を強化したんだけど……実はこの手紙、一つだけじゃなかったんだ。」
「というと?」
「アスカンタにも届いたんだよ。その手紙が。」
「はぁっ!?」
「ソラとパヴァン王が婚約したんだ。それで今度、式を挙げることになったんだけど……来たんだよ、コレと同じのが。」
エイトは手で何かを摘まむような仕草をしてみせると、顔を顰めて言う。
「その後、この件に関して調査をしていた俺に、マルチェロ経由で情報が伝わってきて――」
「――待て。何でそこでソイツの名前が出てくんだ?」
ククールが話を遮り、キッと睨みつけた。
エイトはそれを平然とした表情で受け止めると、逆に冷ややかな眼差しを向け、言い返す。
「阿呆、嫉妬するな。マルチェロは法皇だろ。立場と身分上、情報収集はアイツの方が強い。」
「あ、そっか。」
そういえば、そうだった。
マルチェロはエイトのお蔭で――エイトのせいで?――現在は法皇の地位に居るのだ。あまり会いに行かないものだから、すっかり忘れていた。
そんなククールの心情を読んだわけでは無いだろうが、エイトが呆れた顔をして溜め息を吐いた。だが何かを言うことは無く(言っても無駄だと思ったのか)ただ首を振ると、言葉を繋ぐ。
「……話を続けるぞ? その手紙、トロデーンに来たのとほとんど同じものでさ。しかも、やっぱり婚礼前に届いてるんだ。偶然で済ますには出来すぎてるだろ?」
「そうだな。」
イタズラだとしても、どちらもタイミングが重なりすぎているし、悪質にも程がある。
ククールが同意して頷けば、エイトも一つ頷いた。
「それで、俺はアスカンタへ来たんだ。相手がどこまで情報を持っているか分からないから、念の為、名前とかその辺を偽った上でな。」
そして部屋を指差し、続ける。
「で、ここが今の仮住まいってわけだ。パヴァン王とソラには軽く説明してるし、協力も要請済みだから……ん? 何だよ、その目は。」
「……いや。この部屋も、その”協力要請”とやらに入ってんのか?」
「え?」
何のことか分からず、エイトが一瞬きょとんとして部屋を見回した。
そして、ククールの台詞が部屋のランク――兵士にしては妙に上等な部屋――について皮肉を言っているのに気づくと、慌てて首を振る。
「あ! い、一応言っとくけど、この部屋は俺の意思とは関係ないぞ!? これは二人の厚意らしくて……お、俺は強制なんかしてないからな!?」
あまりに必死な顔をして言うものだから、ククールは堪らず破顔する。
「ハハッ! 分かってるって。しっかし相変わらず根回しが早いよな。流石は兵士長。でもよ……何でまた、こっちなんだ?」
ククールが首を傾げ、エイトに投げるは疑問。
「お前、トロデーンの兵士だろ? いいのかよ、君主サマの側に就いとかないで。」
「アスカンタの挙式のほうが早いんだよ。トロデーンは、少し後になるんだ。式場がサザンで行われるから、準備に時間が掛かっててさ。何でも、バザーと合わせてやるらしくて。」
「あ、そういうことか。」
「そういうこと。……それと、な……これは、俺だけしか気づいていない情報なんだけど。」
エイトはそこで机越しに少しだけ身を乗り出すと、声を落とす。
「手紙の筆跡。何か見たことあると思ったら、ここの特産品で書かれたやつなんだよ。」
それを受けたククールが身を乗り出し、驚く。
「おいおい、じゃあ犯人は――!?」
「ああ。居るんだろうな、ここに。」
頷いたエイトの瞳に、氷のような冷気が宿った。
「ともかく……正体が何であれ、俺の周りの幸せを壊そうとする奴は許さない。」
吐かれた言葉は、既に殺気を纏わせていた。
ククールは僅かに身震いしたが、動揺を抑えつつも話を続けることにする。
「あ、あのよ。目星とか……付いてんのか?」
「ん? 目星?」
質問を受けたエイトが、ククールを見た。その目にはもう、冷たい光は無い。
少しだけほっとしたククールの心情など、エイトは知らないだろう。
言われた言葉を繰り返すと、ああ、と手を叩いて。
「そういや情報集めにばっかり集中してて、絞り込むの忘れてた。」
「馬鹿野郎……。」
俺が知ってる、いつものエイトだ。
ククールは安堵の息を吐くと、エイトの身体を引き寄せる。
「な、エイト。これも乗りかかった船だ。俺も協力するぜ。その方が早いだろ?」
「要らない。第一、お前には何の関係も無いじゃないか。」
「関係ないことないだろ。俺だって、ミーティアとは旅仲間なんだ。それと、バカ王子――じゃなかった、チャゴスとも、一時的だが一緒に旅してたんだし。」
「でも――」
「いいから手伝わせろって。あ、そうだ。何なら俺も変装しとくか? その方がいいんだろ?」
「んー……そこまで言うんなら、手伝ってもらうか。一人より二人の方が効率も良いし。」
「おう、頼ってくれ。」
「じゃあ、変装の道具は俺が後で用意するとして……名前、どうしよう?」
「あ? んなもん適当で良いだろ。ククールだから、逆とって……ルークとかどうよ?」
「じゃ、アンジェロで。」
「待て待て待て待て!」
「よし。じゃあアンジェロ、明日から宜しくな?」
「強制決定かよ! つーか、アンジェロってお前それどっから、」
「あ。部屋もどうしよう。パヴァン王に言って、もう一つ用意させるのも気が引けるしなぁ。」
「聞けよ、人の話。」
サクサクと話は進む。当人を除け者にして。
「あ。ククール、お前さ……ベッドと床、どっちで寝る?」
「ベッド。お前と二人で。」
「阿呆……狭くなるぞ?」
「今の時期は寒いから、丁度良いだろ。」
「そうだな。――じゃ、寝るか。アンジェロ。」
「二人きりでそれ止めろ。」
「何で。可愛いじゃないか。」
「襲うぞお前。」
夜が更けていき、一日が終了する。
ともあれ、明日から新しい生活が始まるのだ。
仮初の名前と姿で、一時的な生活が。
……まあエイトと一緒ならば大丈夫だろう、と安心して。