君に祝福を
騎士はそうして花束を捧ぐ・2
ククールが動いたのは、日が真っ直ぐ上に昇った時刻の頃だった。
昼時のせいか、城の側にある小庭には、運が良いことに問題の兵士が一人残っているだけとなっている。
さて、どう声を掛けたものか、と。
この段になっても尚ククールが迷いに迷っていると、視線に気づいたのか青年が振り返った。
ばっちり合う視線。
隠れようにも、その時は遅すぎた。
いいや仮に隠れたところで、もれなく不審者のレッテルを貼られるだけだ。
連行されるか、最悪、投獄か。
兵士に疑いを掛けられた先に待つのは、冷たい鉄の檻。
アスカンタの城主とは一応顔見知りであるから直ぐに釈放されるだろうけれど、その場合は後ほど兄上様にこっ酷く叱られるというオマケがついてくる為、非常に避けたいところ。
例の青年は腰に手を当てると、ククールから視線を外さぬまま、形のいい眉を上げて口を開いた。
「……俺に何か用か?」
「え? あ、いや……」
声が尖っているような気がするのは、やはり怪しまれているせいだろう。
確かに不審がられても仕方が無い状況だが、あまりに警戒されて剣を抜かれると、それもそれで困るわけで。
「いや、俺は怪しいもんじゃなくて、」
「怪しい奴は大抵そう言うがな。」
「おっ! ハハッ、確かにそうだな――って! 違ぇよ! そうじゃねぇんだって!」
どんどん墓穴を掘っていく感じがした。
この感じは、昔マルチェロから説教を喰らった時に覚える焦りのようなものと似ている。何か言えば言うほど、深みに嵌まるのだ。昔から嘘は得意だったほうなのに。
(そういえば――)
ふと、その理由に思い当たった気がした。
――エイトと知り合ってから、嘘をつくのが下手になってしまったのかもしれない。
(……あいつ相手だと、すぐバレやがるからな。)
真っ直ぐにこちらを見つめ返す目は、水のようだった。
透き通る青い水。小石一つでも波紋となってさざなみ、揺れて――嘘を、見抜く。
いつからだろう。
あの瞳に惹かれて、背を預けても良いと思うようになったのは。
それはそうと、この状況。思い出を懐古している場合じゃない。
不審げな顔をして、青年はまじまじとククールを見つめている。
さて、どんな言い訳が通用するだろうか、と考えあぐねている時だった。
青年が肩を竦め、それから溜め息を吐いた。
「ったく……――何しに来たんだ、お前。」
「その口調! お前、やっぱり――!?」
自分の勘は間違ってなかったのだ。
やはりこの青年は――。
◇ ◇ ◇
だがククールが名前を叫ぶより、青年が言葉で遮る方が早かった。
「――ストップ! そっちの名前は今ここで使うな。俺の名前はセラト、だ。」
「は? 何だよそりゃ――って、おい、ちょっ……!」
有無を言わさずそのまま物陰へと引っ張り込まれ、そこで会話の続きが再開された。
「あーあ。伸びちまったかも。これめちゃくちゃ気にいってんのになー。」
引っ張られた箇所、マントの端を引っ張りながらククールが愚痴を零すも、青年は――エイトは、呆れた表情をしただけ。
「伸びたマントなんか、どうでもいい。ククール、お前、よく俺の居場所が分かったな?」
「そりゃ、愛の成せるワザだ。」
そう言って、何人の女性を陥落させてきたか分からない眼差しをエイトに向ける。
しかし相手はそれを挑むような目付きで受け止めると、鼻先で笑って。
「ああ、偶然か。」
「信用ゼロかよ。」
いとも簡単に否定されて、ククールは少しばかり、しょげ返る。
だが、ふと何かに気づいた顔をすると、エイトを上から下まで見回した後に、抱き続けていた疑問を投げ返した。
「それさ……今の名前と格好って、偽造? 偽装?」
「……変装といえ、阿呆。」
はあ、とエイトが溜め息を吐くが、ククールは構わずに質問を浴びせる。
「変装ってことは、潜入捜査か何かの最中なのか?」
「ん。――まあ、近いかな。」
「理由は?」
「黙秘だ――と言いたいところだが、お前は言わなきゃ引き下がらなさそうだな。……場所を用意するから、そこで少し待て。仕事が終わったら、話そう。」
「分かった。」
「ん。」
エイトはそれで良い、といった風に満足げに頷くと、そうした上でククールに「少し細工をしてくるからここで待ってろ」と言い残し、城の中へと歩いていった。
一体何を小細工する気だ、と言いたくなったが、今は心に留めて置く。
引き止めて詰問を続けても、エイトは答えてくれないだろう。
機嫌を損ねても、意味が無い。
だったら、言われたとおりにしてやろう。
「俺も大人になったよなぁ――」
柱にもたれかかり、得意げに笑う。
マルチェロがその場に居たら、冷笑と共に言われただろう。「その程度で得意げになっている時点でまだまだ子供だ、愚か者。」と。
けれども、今そこにはククールしか居ないので、にやにやと得意げに一人で浮かれ続けても、誰も止めない。止まらない。
戻ってきたエイトに、「何をニヤついているんだ、この不審者」と溜め息を吐かれるまでは。