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Gigabreak Dish

秋に起こった馬鹿騒動・5



「んっ……っは。待て、って……ちょっと、クク、――あ……っ。」
ここはどこだと訊ねるより早くにベッドに押し倒されて、今に至る。
熱を冷ます為の行為が、逆に熱を煽り欲をたぎらせるのはどういうことだろう。
いやその前に、料理の効果はいつまで続くのだろうというほうが気にな――。

「――現実逃避すんな。ほらエイト……こっち向けって。」
「んっ……あっ、嫌だ、待って……それっ――ふ、あっ……!」
「いつもより感じてる、よな? ははっ。……しっかし、怖ろしい料理だなこりゃ。俺はともかく、お前までがそうなっちまってんだからよ。」
愉しげな声で、ククールが笑う。
面白がっていながらも手の動きは的確で、こちらの抗議を封じてくるのが悔しい。

「か、からかう……な、って……んっ……」
「その声、すっげぇクルんだけど。――誘ってんのか?」
「あ、阿呆なこと言うな!」
「そうか? ま、お前は言葉の方は素直じゃねえもんな。でも……コッチは、素直だぜ?」
「ヒッ! あ、バカッ、この……っ!」
上擦った声が、俺を余計に惑わせてくる。
でも多分、ククールも余裕が無いんだろう。いつもより性急すぎるし、何だか焦っているようにも思える。
だから俺は、相手を見ながら言ってやる。
「……っふ。お、お前だって……余裕、無いくせに?」
それは精一杯の切り返しだったのだが、ことこういうことに関しては、やはり相手の方が上手だった。焦燥感じみたものを滲ませていたククールが、不敵に笑う。

「ッハ。理性ぶっててどうにかなんのか? こういう時はな、素直に従っときゃ良いんだよ。」
「従う、って……何に?」
「原始の本能、ってやつにだよ。もう解ってんだろ?」
「……阿、呆。」
阿呆だ馬鹿だと、何回口にしたことやら。
けれども、首筋をくすぐる吐息が俺の背筋を伝わり、ぞくりと感じさせる。

――抵抗など諦めたほうが良さそうだ。
俺は言い訳を考える思考を停止させると、ククールの言う「原始の本能」に(料理で増幅しているので、自然の摂理云々とは違うだろうが)――仕方なく、身を委ねることにした。
というか、冷静でいると何だか損をしているような気分になるんだ、コレが。


◇  ◇  ◇


「はぁ……。勤務中だってのに無断早退しちゃったよ。明日怒られるだろうなぁ……。」
「うわ、色気ねぇ。あのなあエイト。こういう時はせめて、溜め息一つにしとけよな。」
窓の外。とっぷり更けてしまった夜の青に目を留めながら呟けば、ククールが呆れた声で口を挟んできた。
空腹が満たされて、満足そうに寝そべっている獣。
対し、獲物はというと、スライムよろしくグッタリとベッドに突っ伏している有様。
そのまま疲労の眠りに落ちてしまいたかったが、ここの場所が不明なままだ。何とか残った気力を振り絞って室内を見回せば、その答えが薄っすらと浮かんできた。

この室内。この装飾。この造りは――。

「――なんでゴルドに来たんだよー……。」
「ん? だって俺の部屋だし――って。あれ、言ってなかったか?」
ばたりと布団の上で突っ伏したエイトに、ククールが補足する。
「路銀が尽きてどうしようもなくなった時の非常用に、ってマルチェロが部屋を確保してくれてんだ。宿に飛ぶより色々早いだろ。」
「あいつ……いつの間に。」
過保護じゃないのか?と思ったが、次のククールの発言で納得することになる。

「珍しいだろ? 何でも、あいつ曰く、身内の恥を晒したくないんだとよ。物乞いするな、とか、下手に金を借りるな、とか。帰る度にそんな説教するんだぜ? ……聞き飽きたっつーの。」
ああ、成程。
しかしマルチェロの不器用さも相変わらずだが、ククールの鈍感さも変わっていないようだ。
まあ単に、お互い気づいていない振りをしているだけなのかもしれないのだが。
やれやれ、捻じくれた兄弟愛だ。
エイトが内心で苦笑していることになど気づかず、ククールは話を続ける。

「そういうことで、ここにしたんだ。ま、安心してゆっくりしてけよ。」
「安心、な……。」
気楽に言ったククールに対し、エイトは笑みを引き攣らせる。

お前は良いだろうさ、お前はな!
そういう意味合いを込めた視線で睨みつけるも、ククールが意に介した様子は無く、ふわあと眠たげな欠伸を一つ。
「あー、そんな面すんなよ。とりあえずさ、気分良いままで寝ようぜ? ホラ。」
言うなり手を伸ばし、エイトを引き寄せて抱きこんだ。
あの後、共に入浴した(エイト自身は拒否したのだが、無駄に終わった)ので、先程の行為の残滓は残っていない。
べたつきも消えた体。清潔なシーツの匂い。
不機嫌に陰っていたエイトの顔から、剣呑さが消えていく。
こういうのは、嫌いじゃない。
こうして抱き締められるのも……悪くない。

「……。なあ、ククール。」
「ん? 何だよ。」
「悩み、どうなった?」
「オイオイ、こんな状況下で訊くか? 分かるだろ。それとも何だ、まだ足りねえってか?」
背に回されたククールの手が、背骨を伝って首筋から下へ撫で下ろされる。
疼痛に似た快感に、再び体が反応しかけたが――。

「も、もう無理だからな!」
「つまんねーの。まだ三回しかしてねえのに。」
「それだけすれば充分だ!」
「分かった分かった。ったく、叫ぶ元気はあるのな、お前。」
「喧しい! ああもう喋るな!」
抱擁されている状態でくるりと背を向ければ、くつくつ笑う声。

「ハハハ! ……でもほんと、今日はサンキューな。」
「礼を言われても、今回はあんまり嬉しくない。」
「可愛くねぇやつ。ま、そういうところも好きだから良いけど。」
「……。阿呆。」
「でもよ、本気で怖かったんだぜ? こうなったら、お前に捨てられちまうんじゃねえかって。本当に……怖かった。」
「……捨てるわけ無いだろ、こんな阿呆。」
「そう言ってくれるか? ありがとな、エイト。愛してる。」
「阿呆。阿呆。阿呆。……見くびるな、阿呆。俺だって……ちゃんと好きなんだからな。」
「そこは、愛してる、だろ?」
「う、ウルサイ煩い! お、俺はもう寝るからなっ!」
「じゃあエイトが寝付くまで言い続けてやる。子守唄代わりにしろよ?」
「なっ、阿呆っ……!」

秋の夜長。一人で寝るのには、少し肌寒く感じる季節。
どこかから聞こえる虫の音を聞きながら、恋人たちは何だかんだで肌を合わせあってゆっくりと眠りに落ちていく。
初めて全力で恋人を殴った日。
それと――それでもやっぱり自分は相手が好きなのだと、実感した日。