Gigabreak Dish
秋に起こった馬鹿騒動・4
そんなこんなで、後片付けをする頃にはすっかり夕暮れが迫っていた。
とはいっても、片付けるのは俺一人なわけだが。
残っていた料理の行方は、二重に包んだゴミ袋の中。無駄に香り高いので、誰かが間違って口にしやしないかと心配になったのでこうなった。
別に食べても死にやしない(現に、口にした俺とククールは生きている)が、非常に大きな騒ぎになりそうな気がしたので、一応の用心だ。
食材が勿体無い、とか食べ物を粗末にするな、とか。
……そういったことは承知しているが、今回だけは不問にさせてもらいたい。
ともあれ、一日のうちに色々なことがあった。
そして俺たちは、せめてもの口直しにとケーキ(来客用のものだが、許してもらおう)を食べているのが本日の最終結果である。
◇ ◇ ◇
「あー酷ぇ目に遭った。つーか、遭わされた。」
「もうグチグチ言うなよ。俺だって食べただろ。……食べさせられた、って言ったほうがいいんだろうけど。」
「全力で殴られるわ役に立たねえマズイものは食わされるわ、悩みは解決してねえわ……。あーあ。今日は最悪の一日だったぜ。」
「俺だって仕事の途中だったんだぞ。はあ、今日は残業だな……。」
「なんだよ、俺のほうが不幸だろ。」
「どこが。一日中ヒマな癖して。」
「暇してるんじゃねえ! 俺は一人旅をしてるんだよ!」
「へー。じゃあ、旅の目的は?」
「そりゃあ各地を見聞して知識を深めるとか、剣の上達とか、ああ、後は綺麗なレディと遊んで面白楽しくやったり、とか?」
「……最低だな、お前。」
「ばーか。後半は嘘だっつーの。俺には、お前だけ。」
「……嘘臭い。」
「お前なあ、ちょっとは恋人の言うことを信じろって――……ん?」
「何だよ、どうし――……って、あれ?」
不意に会話を止め、互いに視線を下へ落とした俺たちは、第三者から見たら何事かと不審に思われるだろう。
しかし、当人たちだけにしか分からないこともあるのだ。
そして当人同士にしか解り合えないことも。
顔を上げれば、ククールと視線が合った。
苦笑いのような曖昧な笑み。
俺も同じ顔をしているんだろう。
先に口を開いたのは、ククールだった。
「エイト……前言撤回、するわ。」
「そ、そうか……。」
「役に立たない、って言って……その、悪かったな。」
「ああ、うん……分かってくれれば、それでいいんだ。」
「ははは。」
「あはは。」
「……。」
「……。」
短い沈黙。
そして。
「……効き過ぎじゃねえ? コレ……。」
「いや……まさか、ここまで効果があるとは……。」
俺たちは今、赤い顔をして椅子に座っている。
互いに見つめ合うその姿勢は、不自然な前屈み。
ケーキを食べる直前に口にしたのは、滋養強壮料理だ。……今の俺たちがどのような状態でいるのかは、それで大体を察して欲しい。
「なあ、エイト? お前も、俺と一緒で――辛いよな?」
口元に手を当てながら、ククールが呻いた。
声はどこか甘く掠れており、少しばかり潤んだ目でこちらをじっと見ている。
問い掛ける視線。
誘いかける眼差し。
――いやいや、ちょっと待て!
「ククール……状況は分かるが、ここはトロデーンで……俺の職場、だぞ。」
俺はそう言い返して牽制してみるが、声が同じように掠れているから、あまり効果は無いだろう。
その欲を煽る以外には。
「ほんと、その生真面目さには頭が下がるな。でも、今はその建前は置いとけ。なあ……やろうぜ?」
机越しに伸びてきた手が、俺の腕を軽く掴む。
布越しに伝わる熱の高さにドキリとする。
いや、だから、この状況は――まずい。
「は……離せ、阿呆。浴室に案内してやるから、水でも被って夜まで抑えておけ!」
「バーカ。持つわけねえだろ。お前は耐えられるのかよ? この疼きに。」
くくっと笑いながらククールが手を滑らせ、俺の首筋をさらりと撫で上げる。脈打つモノを揶揄するように。
「んっ……、なっに、して……っ!」
ヤバイ。耐えろ、俺! ここはトロデーンなんだぞ!
そんな俺の焦燥を読み取ったのか、ふとククールの気配が変わる感じがした。
口元に酷薄な微笑を浮かべると――それは彼の兄上様が見せる狡猾なものとよく似ていた――不意に距離をつめると、耳元で囁く。
「場所を移れば解決だな? じゃあ、そうしよう。」
「は? いや、何を――……」
質問は、相手の詠唱に掻き消されて届かず。
それがルーラだと判明したのは、どこかの部屋のテラスに舞い降りた時だった。