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Gigabreak Dish

秋に起こった馬鹿騒動・3



「で、お前は何してるんだ?」
「煩い。黙って大人しくしていろ。」
「冷てーの。何してんだって聞いてんのに。なあ。なーってば。エーイートー。」

俺は、城の調理場へと移動した。
その際にククールに部屋で待ってろと言ったのだが、全く聞きやしない。後追いする子供のように、のこのことついて来たのだ。
性欲が抑えられているせいか、今日のククールは妙に子供っぽい。
胡坐をかいて左右に身体を揺らし、こちらの動向を窺っている。俺が相手にしないせいか、その顔はまるきり拗ねた子どもの表情になっていた。
(こいつのこういう顔ってたまに見るけど、今日はやたら可愛いく見えるような……って。そうじゃなくて!)
今は、そんな事を考えている場合じゃないのだ。
俺は頭を振ると甘やかそうとしてしまう心を抑え、素っ気無く答えるだけにする。
「……滋養強壮料理を作ってるんだ。いいから、口を閉じて大人しくしてろ。」
「じよーきょーそー、だあ? へえー。お前、そんなもん作れるんだ?」
「まあ、色んなところに派遣されてきたからな。」

教会、寺院、他の城。
世界が安定してから、俺は各地方から誘いを受けることが多くなった。
どうせこの辺の事情はマルチェロが知っているか、根回しした当人であろうと推測されるので、気にしないでおく。
別に嫌なわけじゃないし、それに他方からの依頼を引き受けると、俺の所属先であるトロデーンの評価が上がるのだ。
仕えし者として、これ程に貴重な対価はないだろう。
しかも、派遣先にいる町や城のコック又は料理長と仲良くなれば様々なレシピを教えてもらうことだって出来る。これも、かなり有り難い。

しかし中には、企業(?)秘密だ、と言って、隠し通そうとする者もいる。
が、俺だって兵士長の端くれ。
悪いが誘導尋問はお手の物。
ちなみにこの「尋問」手段はマルチェロに教えてもらったものであり、しかしこれについての詳細をククールに話すと、ひと悶着ありそうなので黙っておく。

そんなわけで、俺はそのようにして得た料理レシピの一つ、「滋養強壮」料理を作ることにした。

「うわー。すっげぇ良い匂いがしてきた。」
背後で、嬉しそうな声が聞こえた。
そう楽しみにされると、こちらとしても料理のし甲斐があるものだ。
ならばと腕を揮いたくなるが、けれども匂いだけで中身を判断されると――少し、困る。

「ククール。言っておくけど……あんまり大層に期待しないほうがいいぞ。」
「あ? 何でだよ。こんなにめちゃくちゃ良い匂いしてんのに。」
「いや……滋養強壮料理ってのは、”食べさせる”ほうを優先してるから……。」
「……? 言ってることが全然わかんねぇ。」
「あー……いいや。もうそのまま大人しく待っててくれ。」
「分かった。く~~楽しみだぜ。」

ごめん、ククール。
俺はお前の期待を裏切ることになるんだ。
心の中でひっそり謝りながら、俺は黙々と”美味しい匂いのする料理”を作り上げにかかった。
これは、味の保証が「全く信用できない」代物なのだ、と。
遂に白状出来ないままに、奇しくも料理は完成してしまった。


◇  ◇  ◇


「肩を落とす」という言葉は知っているが、ここまで見事に顔で表現したものを見るのは初めてだった。
俺の前には、つい先程まで「腹が減った」と小喧しく喚いていた男が居た。
時間が掛かってしまったが、ようやく完成した料理を乗せた皿を目の前に置いてみせれば、子どものように騒いでいたククールはきちんと席に座り直し、喜色満面になったものだ。

だが、太陽が輝いたのはここまで。
ニコニコとしながら料理を切り分け、口へ運んだ――のも、束の間。
次の瞬間、ククールの表情が凍ったかと思うと……目を丸くしたまま、動かなくなった。
「ク、ククール? おい……?」
ガックリするのは分かっていたが、これは少し予想外だ。
俺は椅子から滑り降りると、ククールに駆け寄って肩を叩きながら話しかける。
「な? だから、期待するなって言っただろ……なあ、おい……ククール?」
「……え、ねぇ。」
「ん?」
「ありえねぇ! つーか、何なんだよこれはっっ!」
俺を睨んで、ククールが叫んだ。俺としては取り合えず、口に入れたものを一応きちんと飲み込んだ上で叫んだククールを褒めてやりたかった。
……まあ、それどころではなさそうだが。
「あー……えと。水、飲むか?」
「当たり前だっ! 貸せっっ!」
水を注いだコップを差し出せば、奪うように引ったくられてしまった。
砂漠で迷った旅人がオアシスを見つけたような勢いで、ククールはゴクゴクと水を一気に飲み干していく。

――ダン!
空になったコップをテーブルに置くと、ククールは厳しい表情で俺を見た。
見た、というか睨み付けた、というか。
いや、まあ……気持ちは分からないでもないが。

「この、得体の知れねぇもんは、一体何だ、エイト?」
言葉をいちいち区切って質問するククールの目には、よく見ると微かに涙が。
余程の味だったらしいことが想像でき、俺は苦笑を浮かべて言い返す。
「何って……滋養強壮、料理。」
「馬鹿野郎! 料理って味じゃねえだろ! 何入れたらこんなもんになるんだよ!? てか、味見したかお前!?」
……味見、は。
「……してない。」
「はぁ!? 何でしてねえんだ! 普通、料理作る奴はしとくもんだろが!」
「そうなんだけど。……実を言うと俺、この料理を作るのは初めてでさ。味見しとこう、とは思ったんだけど……作るのに夢中になってて……その、忘れてた。」
「マジかよ……。よし。んじゃあエイト、お前、コレ食ってみろ。」
言うなり、ずい、とククールが皿ごと差し出してきた。
しかし他人の反応を見て結果の悲惨さを知ってしまった以上、口にしたくはない。
人の防衛本能というか、拒絶反応というか……そういうものが警告しているのだ。

「あはは……遠慮しとく。だって俺は、その……平気、だし?」
「人にトンデモナイもん食わせといて、自分は逃げる気か? ――いいから、お前も食えっ!」
「えっ……だっ、て――!? 阿呆、止めろっ……!」
料理が宙に舞う。
意地になったククールは諦めず、引き下がりもせず、どうにかしてその料理を俺にも食べさせようと、躍起になり――。

――結果。
この料理は食べられたもんじゃない、と俺が判断するのにそう時間は掛からなかった。
というか、これは怖ろしくまず……――うえぇ。