Gigabreak Dish
秋に起こった馬鹿騒動・2
洗濯も干し終えた俺は、来訪者を自分の部屋へと案内した。
窓際のテーブルに案内し、そうして相手の相談に乗る。だが、語り出したククールの声は最初のうち、かなり聞き取りにくいものだった。
何かを話してくれてはいるのだが、声が小さい上にボソボソと篭るように喋るものだから、俺は何度も訊き直す羽目になった。
「悪い。もうちょっとハッキリ言ってくれないか。」
「……、で、……なんだ。」
「いや、だから。聞こえないってば。」
「……、が……だよ。」
「あーーー、鬱陶しい!」
五回ほど同じやりとりを繰り返したところで、限界が来た。
先程の一件もあってか、今日の俺の沸点は低くなっている。
お気に入りの服が早速汚れた。袖も通していない真新しいシャツが、土塗れになってしまったのだ。
そのこともあってか、あまりにもハッキリと喋ろうとしないククールに苛立った俺は、机を思い切り叩き、相手を睨んで叫んだ。
「喋る気が無いんだったら帰れ、阿呆っっ!」
本来なら城の中でこうして叫ぶのはマズイのだが、ここは俺の自室であり、他の部屋と違って自分で(こっそり)防音対策を施してあるので、心配することは無い。
だから遠慮なく苛立ちをぶつければ、俺の剣幕に驚いたのかククールが伏せていた顔を上げた。余程驚いたのか目を丸くしたままの状態で暫くこちらを見つめていたが、やがて意を決したらしい。
深呼吸を一つすると、真っ直ぐにこちらを見て口を開いた。
「……悪かった。ま、とりあえず座りなおしてくれ。」
「今度きちんと話さなかったら、本当に追い出すからな?」
「分かったよ……その、な……実に言いにくいこと、なんだが……。」
「言いにくい? 何が。」
「いや、だからさ……つーか……、だ。」
肝心の部分が、また聞き取れない。
少し苛立ちながらも、俺はどうにか堪えて訊ね返す。
「聞こえない。何だって?」
「だから、な……。……たたないんだ。」
「は?」
たたない?
多々ない?
立たない?
頭の中で「?」マークが乱舞する。
思いつく限りの字を当ててみたが、さっぱり意味が通らない。
なので俺は顔を顰めつつ、再度ククールを見て訊ねた。
「”たたない”って、何だ?」
するとククールは弱々しい苦笑いを浮かべると、ズイと俺の方へ上体を伸ばし、まるで懺悔者のようにコソリと白状した。
「だからな――俺のコレが”勃”たなくなっちまったんだよ。」
そう言いながら俺の手を掴むと、下半身の”ある一点”へ押し当てた。
「な、……っ……!」
ククールの言葉と行動の意味を、ようやっと理解した俺がまず最初にした事と言えば、それは慰めでも励ましでも無く。
「なっ……何てことするんだこの変質者あぁっ――!」
すっかり気が動転してしまった俺は、ついうっかりククールに全力でギガブレイクを放ってしまったのだが――。
……俺は多分、あまり悪くない。だろう?
◇ ◇ ◇
「人が深刻に悩みを打ち明けに来たってのに、それを瀕死にしやがるってのは、どういう反応だ!? 魔物か、お前は!」
「煩い阿呆! ふざけた行動を起こしたお前が悪いんだろ!」
「お前が首を傾げるから、分かり易くしてやったんじゃねえかよ! くっそ……痛てぇー……。
あー……ほんと、ベホマと大ぼうぎょ習得しといて良かったぜ。」
「う・る・さ・い! 手当てしてやっただけでも有り難く思え!」
「つっても、回復魔法、ホイミだったじゃねえか。別に初めて触るもんでも無いだろ。なに怒ってんだよ。大体、いつもコレで悦んで――」
「――次はジゴスパークでも喰らうか?」
「……遠慮しとく。」
大人しく両手を上げて口を噤んだククールに、俺は薬箱を片付けながら言う。
「それにしても……何で俺のとこに来たんだよ。医者に診てもらうのが先決だろ。」
「行ってみたが、精神的なのがどーとか言われて意味無え薬貰っただけなんだよ。」
それを聞いて俺は「ああ、怪我でもして表面的にどうにかなってる訳じゃないのか」と思った。
しかし、よく考えたら怪我をしてる箇所を触らせるわけもないか。
「処方箋が効かない、か。……じゃあさ、医者じゃなくて、専門知識が多いやつに聞くとか。」
「……アイツに恥を晒せってか? んなこと出来るか――……って言いたいところだが、事が事だけに行って来た。」
「行ったのかよ!? ……それで? マルチェロ、何だって?」
「……”つがわれ”に何とかしてもらえ、だと。」
「だっ、誰が”つがわれ”だ! ――って、俺……?」
今度は俺がきょとんとする番だった。
マルチェロも博識だろうに、何故?
いや、この辺は考えるまでも無いだろう。マルチェロの呆れた顔が目に浮かぶ。
けれども「全く相手にしなかった」というわけではなく、一応こちらに寄越したのだから、これはこれでマルチェロなりの優しさでもあるのだろう。
初期の頃の彼ならば、こんな方法などとらない筈だから。
(……仕方ない。コイツの悩みをどうにかしてやるか。)
不器用な兄弟愛を見せられたんだから、手を貸してやろう。
突っぱねることなんて出来やしない俺も、大概この二人には甘くなるようだ。
しかし、マルチェロのせいで部屋に甚大な被害が出たのだから、後で請求書を送っておこうと考えた俺は鬼だろうか。