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Gigabreak Dish

秋に起こった馬鹿騒動・1



出逢ったときから、何となく感じてはいた。
「ククールは、ちょっとばかり阿呆ではないのか」と。
酷い言い方だ、と眉を顰められそうだが、俺の中ではコレが一番柔らかい物言いであるので許して欲しい。
けれども恋は盲目、というのは本当らしく、そんなククールを好きになってしまってからは、そういうところでさえも愛しくなったのだから怖ろしい。

だが、俺は少しククールを甘く見ていたようだ。
あの日、あの時、それを悟った。
「阿呆につける薬はない」という格言があるが、実際にそんな言葉を吐きたくなる状況に遭遇するとは思わなかったのだ。
最近の俺は、甘かったんだろう。甘やかしすぎていたんだろう。
夏が終り、秋がゆるりとやって来たある日のことだった。
数日経った今でも、鮮やかに覚えている。
夕焼け色に染まったイワシ雲。
虫の声を乗せた涼やかな風が気持ち良い一日だった。

その日、俺は初めて恋人を――ククールを、全力で殴り飛ばすことになる。


◇  ◇  ◇


熱気が納まり、動いてもそう汗をかかなくなった日常が嬉しい。
動き易いうちに動いておこうと思い、俺は朝から城の旗や敷物などを一斉に取り替える作業に掛かっていた。
衣替え、とでもいうのか。
こういう作業は別に俺がしなくとも部下に任せれば良いのだろうが、俺は地位が上がっても人に命令するのにはどうにも慣れない為、こうして己で雑務をするのだ。
それに別段、こういう作業が嫌いでないのもある。
自分の好きなように飾り付けが出来るのが、実は楽しかったりするから。

「メイドくせぇ兵士長だな、お前。」
――などと、以前どこぞの放浪騎士に鼻で笑われた記憶がある。

「もう城仕えなんか辞めちまって、馬鹿みたいに金持ちな家の奉公をしたほうが稼げるんじゃねえの?」
――とまで言うものだから、つい手が……いや、その時は書物を抱えていたので、足が出てしまった。給金が目当てでトロデーン城に仕えているわけじゃないんだと、何度言えば済むのだか。

いや、あいつは分かってて言ってるんだろう。単に俺をおちょくって楽しんでいるんだ。
まあ、俺としてもククールのこういう子供っぽいところが嫌いなわけではないし……というか、好きだったりする……ので、仕方ないが。

いやいや、俺は惚気話をしたいんじゃない。
今回の肝心な点は、その放浪三昧極楽騎士、すなわちククールの「阿呆さ加減」について話そうとしてたんだ。
というわけで、話の流れを元に戻そう。

つまり俺は、いつものように城の雑務に時間を費やしており、その時は庭の外れで洗濯物を抱えて立っていた。
本日の天気は涼風が凪ぐ、秋晴れの空。
正に絶好の洗濯物日和とはこのことで、俺は意気揚々と旗や服などを干していく。
天気が良いと、つられて気分が良くなるものだ。
もう少ししたら、夜に燐光を纏う蛍が出てくる時期になるだろう。
その時になったら少し休暇をもらって、久し振りにククールと外泊でもしようか――と、いうような計画まで立てたところで、不意に強めの風が吹いた。
紐に掛けて止める前だったシャツが、ふわりと中空に舞う。
不意を突かれた。

「あっ、ちょっと――待った……!」
咄嗟に手を伸ばしたが、触れたのは布の端だけ。
俺はシャツを掴み損ねてしまい、舞い上がった時と同じ速度で柔らかく地面に落ちるシャツを見届けるしか出来なかった。
青いガラス片の色をしたそのシャツは下ろしたばかりで、しかも俺のものだった、という結末つき。
「まだ一回も着てないのに……!」
がくりと肩を落としながらシャツを拾い上げた俺は、きっと切ない表情だっただろう。
けれども、丁度その時は周囲に城の者は居なかったので、情けない姿を見られることがなかったからせめてもの幸いか。
草や砂利などで見事に汚れてしまったシャツを見て溜め息をつけば、背後から聞こえてくる人の足音。
振り返ってみれば、いつもの訪ね人がこちらへ歩いてくるところだった。

「ん、ククールか。悪いけどちょっと待っててくれ。今、これを干し終わるから。」
そう言ってから背を向けて残りの洗濯物を干し始めた俺に対し、ククールが返したのは一言。
「……ああ。」
何だかリビングデッドさながらに昏い声だったのが気になったが、その時はそれ程考えはしなかった。
お気に入りの服を地面に落としてしまったあの時が、予兆だったのかもしれない……と。
今になって思い返すも、全ては後の祭りになるのだから情けない。