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Guiltic Love

・1・ back days



「嘘だろ……? なあ、冗談だよな?」

新しい土地に行けば、新しい敵に出会う。モンスターなどは最早強敵と呼べる代物で、少しでも気を抜くと命が危なくなることが多くなった。

旅を始めて間もない頃は、そうではなかった筈だ。
深手を負うことも無く旅を続けてこられたのは、仲間の力を借り、協力し、背を守りあいながら戦っていたのが良かったのか、それとも常に緊張感を持っていた為か。
それとも、その頃はまだ世界も甘かった?
いや、もしかしたら――少しは過信していたのかもしれない。
自分自身の、力に。

だから。
だから、こんなことに……。

「エイト? ……なあ、どうしたんだよ。おい、起きろよ。」
初めての強敵。
力の差があるせいか、こちらの剣も魔法もあまり効かず、そのくせ相手の攻撃はいとも簡単にこちらの防御を割り、体力を削る。
鋭い爪を持った敵は、巨大な体躯の割に素早く振るわれ、避けきれず。
服とともに皮膚を裂かれ、誰かの血が――もしかしたら自分の血が――舞うのを見た。

増える怪我。
傷を受ける度に己の弱さを思い知らされ歯痒く、思考が散らばり動きが鈍る。
疲労していく身体。
鍛錬が足りないせいか息が上がりつつある自分に舌打ちするが、膝を付きかけるのをどうにか堪えるくらいが精一杯。
痺れ始めた手。
武器がうまく持ち替えられない。
耳障りな息切れ音。
呼吸を整えようにもどうにもならない。

焦りすぎたせいか、魔法の配分を忘れており、気づけば魔力も底を尽いていた。
無様すぎる、戦闘。
仕方なく逃げようと踵を返すも――容易く先回りされて、叶わず。

「すまねぇ、アニキ――……」
目の前で、盾となって頑張っていたヤンガスが仰向けになって倒れた。
「あたしも、もう……ダメ。……ごめん、エイト……。」
目の端で、補助に回っていたゼシカがそう呻いて横に倒れるのを見た。
後に残ってた人手といえば、ククールと目の前のエイトだけ。
だがエイトも自分と同じようにボロボロで、あちこちに怪我をしている。
息も上がっているのか、大きく上下する肩。それでも剣を構える姿勢は解かず、倒れた仲間を狙って尚も襲い掛かってこようとする敵を剣で受け止めては薙ぎ払っている。
仲間を守っている、エイト。
けれど、このままでは勝ち目が無い。
どこを探しても。

「エイ、ト……無茶、すんな……」
もう逃げよう、と言いたかった。
敵の隙を付いて、倒れた仲間を何とか馬車に運んで、逃げよう……と。
そんな事など到底出来そうにない状況だと、分かっているのに。
視界が、歪み出す。

「エイ……ト……」
足から力が抜け、情けなくもその場にガクリを片膝を付いてしまった。
すると、そこで初めてエイトが肩越しに振り返った。
疲弊したククール。倒れた仲間。
それらを交互に素早く見たエイトの表情が歪んだ。

「――……。」
エイトがククールに向かって何かを言った気がした。
けれどタイミングの悪いことに、ククールの精神はそこで限界に達してしまい、意識が視界ごと暗転していくのを止められずに――倒れて。


◇  ◇  ◇


目が覚めてまず目にしたのは、敵が一掃された感のある荒野。
側には馬車。まだ気を失っているのか、荷台の奥に眠るヤンガスとゼシカの姿が見えた。
自分で移動したのか? それともトロデ王が?
馬姫を見るも、彼女は悲しそうな瞳でククールを見つめ返すのみ。
そういえば……一人、足りない。

「エイト……?」
もう一度周囲を見回すと、路傍の石のように倒れている人の姿に目が留まった。
エイトは離れた場所にぽつんと居た。
うつ伏せに倒れており、全く動かない。――呼吸の気配すらも、なく。

「エイト? お前、何そんなとこで……一人で寝てんだよ……?」
冗談だと思いたくて、ククールは強張った笑みをどうにか浮かべながら小走りでエイトの元へ駆け寄っていく。
「エイト、おい、起きろよ。敵、いなくなっちまってんだぞ。助かったんだぞ、俺達。」
震える手を伸ばして身体を抱き起こし、そこでククールは凍りつく。
冷たい体。
青褪めた顔。
どこもかしこも全くに生気が無く、濡れた感触を覚えて手のひらを見れば、生々しい色彩をした赤が、べたり。

「なあ、どうしたんだよ……奇跡が起こったんだぞ? 敵がみんな、いなくなっちまって――」
そう話しかけたククールは、自分の言葉で息を飲んだ。
一掃された敵。
――「奇跡」。それに近い魔法があったことを思い出す。
例え魔力が尽きかけていたとしても、それは微かな力だけで発動が可能だった。
エイトはそれを習得していた。
自身の命と引き換えに敵を全滅させる魔法。
奇跡。だがそれは禁忌でもある。
最後の、魔法。
――まさしく「最期」の奇跡。

確か一度、ククールはエイトに対して笑い飛ばした記憶がある。
「そんなもん使い道ねぇだろ? 別のスキルに回せよ。」
エイトはククールの嘲笑ともとれる笑いを受け止めながら、肩を竦める。
「いつか必要になるかもしれないだろ? 後悔しない為に、な。」
そうやって優しく言い返し、その魔法を習得した。ククールはそれでも嘲るように笑って、エイトは心配性だの真面目だのとからかった。

無駄じゃなかった。
馬鹿なのは、自分のほうだった。

「エイト、エイト……エイト……」
頬を軽く叩きながら名を呼ぶけれど、相手は目を閉じたまま微動だにしない。
応えは返って来ない。ただ自分の声だけが虚ろに響いて。
ククール自身もゼシカも、もう魔力は残っていない。
ルーラすら使えず、魔力を回復する道具も生憎と持ち合わせておらず。
唯一の宝である世界樹の葉はあっただろうか、と袋を探るも見つからない。
今回の戦闘で使ってしまったのか。いつから無かったのかももう覚えていない。
街までは遠い。
こうしている間にも、エイトはどんどん冷たくなっていく。

「何だよ、こんなの……どうすりゃいいんだよ……。」
道に迷った子供のように呆然としていたククールを我に返らせたのは、目を覚ました仲間が投げた言葉だった。
「何ぼうっとしてるの! あなた、キメラの翼持ってたでしょ!?」
「――あっ。」
ゼシカに言われて、ククールは慌てて自分の道具袋を探った。
移動は主に魔法に頼っていたので、道具を顧みることが無かったので、キメラの翼のことをすっかり失念していたのだ。
確かこれも、エイトの持ち物だ。
ククールが笑った「心配性」のエイトが、それでも持たせてくれた――今は小さな「奇跡」。

「……馬鹿にして、ごめんな。」
泣きそうな顔で笑うと、エイトの身体を抱き上げて、大急ぎで仲間の元へと駆け戻った。


Self Sacrificer