Guiltic Love
・2・ after night
「今日は良い夜空だな。ほら、見てみろよククール。月が、あんなに綺麗に――……っ!?」
空を指差しながら、エイトがそうして背後を振り返ろうとした時だった。
突然の抱擁。
だがそれは抱擁というよりも拘束に近いくらいの強さ。
エイトは何事かと身を強張らせると、肩越しから相手を睨んで言葉を繋いだ。
「おい……何だよ、急に。ちょっと、苦しいって。離せよ、おい。聞いてるのか、ククール!」
「……ああ、聞いてる。」
くすり、とククールが笑い、抱き締める力が和らいだ。けれど、肝心の抱擁が解ける気配はない。
エイトが眉を顰め、肩を押す。
「いや、だから……離れろってば。」
「何で? 別に、いいだろ。仲間は皆、宿で寝てるんだ。見られる心配はないぜ。」
「そういう意味じゃなくてだな……。」
エイトが呆れて、はぁ、と息を吐けば、ククールはエイトの髪に顔を埋めて、呟いた。
「もう少し、確かめておきたいんだ。」
「……何を?」
「お前がここに居る、ってことをさ。……もう、あんな冷たい身体に触れるのは、嫌だから。」
「……ククール。」
それを聞いて、エイトの表情が曇る。
あれは確か、数日前の出来事だった。
◇ ◇ ◇
気を抜いていたのだろうか、それとも己の剣の腕前を過信しすぎていたのだろうか。
仲間が次々と倒れ、気づけばククールと自分の二人きり。
だが、もう共に満身創痍で、立っているのがやっとの状態だった。
どうしようかと考えているうちに、とうとうククールが膝を付いてしまい、それでもうエイトの答えは出た。
万が一に備え、世界樹の葉をトロデ王に渡してあった。
人数分全て――三枚だけしかなかったが、エイトにとってはそれで充分だ。
そうするともう役に立つ道具は大して残っていないから、その後がどうなるか少しばかり不安だったが、けれど大丈夫だろう、と思った。
ククールには、ゼシカもヤンガスもいるのだ。
皆がいれば世界を救うことは出来るだろう。
例え自分がいなくなっても。
エイトは最期に伝えたかった言葉をククールに向かって発したが、相手がそれを聞いたのかどうかは分からない。
倒れてしまったククールを見てエイトは再び前に向き直ると、牙を剥き唸る敵を強く睨みつけて呪文を唱えた。
自らの命を引き換えに、敵を消滅させる魔法を。
「集え終末の光。我が身、我が命と引き換えに敵を殲滅せよ――メガンテ……!」
ただ、仲間を助けたかった。
皆を――ククールを。
けれどエイトのそうした行動は、何やら大変に仲間の心を痛める結果となったようだ。
それに気づかされたのは、幸運にもエイトが一命を取り留めて、数日後に目を覚ました直後だった。
まさか死の淵から生還して早々に、ゼシカやヤンガスからの涙の抱擁と、トロデ王とククールからの尋問めいた説教が待っていたとは思いもよらず。
それから暫くの間、エイトは仲間たちから過剰な心配をされて困惑した。
が、持ち前の微笑と対応の良さでそれらをはぐらかし、慰めて、仲間たちの心配や杞憂を取り除くことに成功し、今の状況――エイトが死ぬ前と同じ環境に至るのだった。
唯一、それに誤魔化されなかった一人を除いては、だが――……。
◇ ◇ ◇
「もう、あんなことをするのは止めてくれ。」
「止めろって言ったって……全滅するよりマシだっただろ?」
「皆で一緒に教会に送られたほうがマシだった。」
「いや、マシじゃないって……」
「頼むから、ああいったことは、もう止めてくれ。俺たちが目覚めるのが遅れでもしたら、どうするんだ。お前、本当に死んでたんだぞ? ……死んじまうんだぞ……馬鹿。」
「……。」
心配しすぎなんだよ――と言いかけたが、それはエイトの喉元で詰まって出てこない。
ククールの声が、震えていたせいかもしれなかった。
今にも泣き出しそうな声を聞いてしまっては、安易に笑って誤魔化すことは出来ない。
エイトは月に視線を転じると、観念したように溜め息を吐いた。
「……分かったよ。極力、しないようにする。」
「絶対だ、って約束しろよ。」
「極力、で我慢しておけ。」
「……馬鹿野郎。」
「ああ、そうさ。俺は阿呆なんだよ。」
「……もう、独りで逝かないでくれよ。置いていかないでくれ。」
「……。そうだな。努力する。」
「お前って、本当に素直に言うこと聞いてくれないのな。」
「それが俺の取り柄だからな。」
「馬鹿。」
エイトに顔を摺り寄せて、囁く。
「愛してる、エイト。」
「……。」
「返して、くんねぇの?」
「……俺も愛してるよ。つーか、そろそろ離れろ暑苦しい。」
「もうちょっとだけ。……な?」
「……ったく。」
ウンザリとした声を上げて、エイトが小さく肩を竦める。
だが、その顔は本当に迷惑しているようなものではなく、優しい微笑を浮かべて、首筋に顔を埋めているククールを見返していた。
短く息を吐いて、心中で呟く。
(お前が死ぬのを見たくなかったんだ。……だからお前が何と言おうと、俺はずっと同じことをするだろう。――お前が何度泣いても、な。)
だから死の間際に発したのは、愛の言葉でも告白でもなく、謝罪の言葉。
エイトは何度も告げるだろう。
何度も謝るだろう。
ごめんな、ククール。俺が弱いせいで。
愛は遺さない。
置いて逝かれたら、それはずっと悲しく残るだろうから。
月の光を受けて煌く銀色の髪から目を逸らしながら、エイトは夜空を仰いで目を閉じた。