Hot Limiter
・3・
「あははは! あーはははははは!」
回想から戻って。
ククールは、賑やかな――というよりはもう喧しいというレベルの室内に意識を向ける。
目の前の状況は、全く変わっていなかった。笑いのツボに入ったのか、まだ笑い続けているエイトがそこに居る。
(いつまで笑ってんだコイツは……!)
顔を顰めたククールは、ガシガシと頭を掻いてエイトを睨みつけた。
小一時間前までは蒼白な表情をしてたくせに、血色が戻った今では笑いすぎのせいもあってか頬に赤みすら差している。
体調不良だった様子は、すっかり無い。
エイトの身体を労わったからこそ、ククールはこのような状態――エイト曰く「イナバノシロウサギ」な有様でいるというのに。
遂には笑い疲れたのか、ゲホゲホと咳き込んでいるエイトを一瞥し、ククールは心中で呟く。
この人でなしめ、と。
けれども、始終笑顔でいるエイトを見ているのが嬉しい自分もいたりして。
(これも惚れた弱みってやつか?――はあ……俺が馬鹿かエイトが馬鹿か。)
ククールは焼けついて痛みの走る自分の肌に目を留め、それからエイトに視線を向けると、複雑な顔をして、また溜め息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「あは、はは……げほっ……はー疲れた。お腹痛い。」
「愉しかったか、そりゃ良かったな。」
やっとエイトが立ち直った頃には、ククールはすっかり見事にやさぐれていた。
それを見て、エイトは「笑いすぎたかな……」と反省したのだが――どうしても頬の筋肉は呆気なく緩んでしまうので、困る。
「あー、えっと……感謝して、泣きそうです。」
「……口元が緩んでんぞコラ。」
「いやいや、そんなことは――」
と、エイトの視線はククールの背中に引き寄せられ。
「ぶっ――っっはははは!」
「どんだけツボに会心きてんだよ。いい加減にしろよ。」
「あはは、あは、ははっ……だってさ、こういうのってなかなか引かないんだぞ?」
「俺が知るかよ。大体な、誰かさんが突然目の前で倒れやがったから、引き受けたんだぞ!?」
「アハハ、そりゃあそうだけど。だから、感謝はしてるってば。」
「んじゃあ、何でそこまでバカ笑いしてたんだよ!」
「だって――この、肌。」
「イ……ッ! ってぇな! 触んな!」
「っと、ごめんごめん。」
エイトはぱっと離れると、水を張った広口のガラスの器に手を伸ばした。
中からタオルを取り出し余分な水分を絞ると、それをククールの背中の上に丁寧に乗せる。
「冷、て……っ! ――……おー、でも効くわコレ。」
「そりゃ、熱に水だからな。それよりも、質問。」
「んあ?」
肌に触れないよう、髪を上で束ね直しているククールに、今度はエイトが訊ね返した。
「日焼け止め、渡しておいただろ?」
「……。」
「この状態じゃ使ってないよな? どうして使わなかったんだよ。」
「……。」
途端にククールが黙り込む。
「塗ったけど足りなかったのか?」
エイトが訝しんだ顔をして訊ねたところで、ぼそりと呟く声がした。
「……、だろ。」
「何? 聞こえない。」
「だから! 女々しくて使えるわけねぇだろ、って言ってんだ!」
「は!? なに……くっ――あははははは!」
「また笑う! 笑うなっつってんだよ!」
「だって、お前……女々しいって……あはは、あはははははは!」
「チッ。手伝うんじゃなかった。」
「あは、ははは、ごめんごめん。そうむくれるなよ。」
「謝罪の言葉の割には、顔が笑ってんぞ。」
「いや、あはは、だって、あはは。なんていうかさ、こう――可愛くて。」
「……あ?」
眉を顰めたククールが肩越しに振り向くと、背中に目を留めたままのエイトが言う。
「この、仄かにピンク色がさ。見てると、こう……なんていうの? きゅーっとくるんだよ。」
「……お前、暑さで神経がヤラレたんじゃねぇ?」
「失敬な。俺は正気だ。あー本当に今のククール見てると、きゅーっとくる。」
「……バカ野郎。こんな時にそんな面すんじゃねぇよ。」
「可愛いんだから仕方ないだろ。なんだろうな、暖色だからかな?」
「人の話聞いてねぇな、コイツ。……ったく。そう幸せそうに蕩けまくられた顔されると、怒る気も失せちまうっての。」
それすらも計算ずくか?
ククールは苦笑して前に向き直ると、やれやれといった風に目を閉じた。
とりあえず今は、心地良い水気に集中しよう。
夜にはきっと、これ以上に厳しい痛みに襲われるのだから。
……などというその予想は見事に的中し、ククールはうつ伏せになって呻きながら、エイトに夜通し面倒をみてもらう羽目になる。
だが、その光景はほろ切ないので、彼の名誉を守るべくこの話はここで幕を下ろしておこう。