Stop the Rain!
・1・
初夏といえども、それなりに夏らしい暑さに参っていたここ最近の日々。
それが、少し雨が降って涼しくなったと思えば、梅雨に突入して……更に、気が滅入る羽目になった。
「うわっ。これもう腐ってる……!」
その日は、朝から雨が降っていた。
湿気のせいか生温い気温のせいか、その両方か。朝食代わりに食べたパンケーキを、数時間後に昼食として代用しようと取り出してみれば、少しばかり――いや大分、匂いが怪しくなっていた。楽をするなということか。
「あ~……そうか、もうそんな季節か。油断した。」
大丈夫だろう、気のせいだろう、と思い、それを食べようかと考えたが、食中毒の恐ろしさを知っているので、結局はすっぱりと諦めることにした。
勿体無いなどと言ってる場合じゃないことも、時にはあるものだ。食中りを起こして吐いてしまえば、それどころの話ではないのだし。
寝込んだ際、原因を説明する時に相手に泣かれるか怒られるかするだろう。
泣くのは城主(王や姫)で、怒るのは仲間――特に誰とはここでは言わないが、赤尽くめの男だろうから、その時の罪悪感やらなんやらを考えると、問題は起こさないほうがいい。
「……ごめん、パンケーキ。」そんな事を呟きつつ、渋々パンケーキを廃棄した。
それから、他に何かないかと調理場の食品棚を開けて、空いたスペースを見て溜息する。
「こういう時に限って、食料のストックが切れてるんだよなー……。」
この時期は衛生管理を優先させるので、食べ物はあまり貯め込まないようにしている。
少なくなったら、買いに行く。それだと無駄に余ることも無いし、調理の度に使い切るので、腐らせる心配も少ない。
……かといって、少なすぎるとそれはそれで良いものが作れない。
なので頃合を見計らい、食料の買い出しに行くことを当番制にしているのだが、あいにくと丁度それは明日、エイトが当番になっているのだった。
「今から買いに行こうか……あーでも、めちゃくちゃ雨が降ってるしなぁ……。」
窓の外を見れば、いつの間にか雨足は強くなっており、見事に土砂降りの空模様。
止む気配は、とんと無い。
荷物は必然的に多くなる。
なのに、雨。
けれど食料が少ない。
しかし――雨。
「う~~~~~っ……」
「どこの番犬だよお前は。」
窓の外を睨みつけて唸っていれば、その背後から誰かの声がした。
もう振り返らずとも、すっかり分かっている。毎度のこと。いつもの訪問。
「雨だってのに、よくぞまあやって来るもんだな、おまえ――っ!?」
呆れた声を出して振り向いたエイトは、訪問者を見て酷く驚くことになる。
「逢いに来たぜ、エイ、……――ッックシュン!」
ククールが、そこに立っていた。
海で泳ぐにはまだ早いぞ、といった感じに、全身水浸し……もとい、ずぶ濡れになった有様で。
◇ ◇ ◇
かつて……わざわざ豪雨の中を傘も差さずに逢いにやって来た、阿呆……もといツワモノを、エイトは知らない。
「――と言うか、阿呆かお前は。」
トロデーン城、エイトの自室。エイトはククールの背後に立つと、その位置から頭を拭いてやりながら、気鬱げな溜め息を吐いた。
だがククールはというと、眉を顰めた相手とは対照的に、くしゃみをしながらも笑顔を崩さないまま言い返す。
「ハハッ。これがほんとの、”水も滴るイイ男”――だろ? へっ……くしゅ!」
「阿呆。」
バスタオル越しに、ゴツ、とククールの頭を小突く。そして鼻先で笑うと、皮肉を一つ。
「ま、阿呆は風邪を引かないらしいから、心配することは無いんだけどな。」
「うわ、酷ぇ。それが雨の中を逢いにやってきてやった恋人に言う台詞かよ。」
「……。……勝手にやって来て、何を言ってるんだか。」
突き放したような言葉を口にするエイト。だが、一瞬だけ動きが止まったことに、ククールは気づいていた。
嬉しいくせに。
そう言って、からかってやりたいところだが、そんな事をすると髪をぐしゃぐしゃにされるかも知れない。いいや最悪、また外に放り出されるかも。
外は雨。……というか、豪雨真っ盛り。
出来れば二度目は勘弁願いたい。
「あー……それはそうとさ、エイト。俺に聞かねぇの?」
髪を丁寧に拭われながら、ククールが背後のエイトに向かって声を掛けた。
頭上で、不機嫌な声が答える。
「何だよ。何を聞いて欲しいんだ?」
「俺が逢いに来た理由。」
「……。」
また、エイトの手が止まる。反応が素直なのは良い事だ。
嬉しそうに身体を揺らしながら、ククールは尚も言い募る。
「なぁ、聞かねぇの? 何で俺が、この雨の中、ここへ来たのかってこと。」
「……別に、聞くようなことじゃないだろ。」
「ふーん。気にならねぇ? 傘も差さずに来たんだぜ? お前が言うところの、”阿呆”が。」
「……気になんか、なって無い。」
そう言って、エイトはまたククールの髪を整える作業を再開する。
強情か意地っ張りか――両方か。
タオル越しに触れる手がぎこちない。
「お前なんか、仕事の邪魔だし。」
じゃあ何でそんな泣きそうな声になってるんだよ。
どこまでも素直でない恋人に内心で嘆いてみせるが、それでも嬉しさのほうが強いのは、こういうところも大好きだからだろう。
けれど、これでは少々物足りない。
なので、わざとらしい溜め息を吐いて、わざとらしく天井を仰いで、わざとらしさ全開で嘆いてみる。
「あーあ。俺は、ずぶ濡れ損か。」
すると、髪を梳いているエイトの手が途中で止まった。
「……損得でやって来たって言いたいのか。」
また少し不機嫌になるエイトの声。
どうしてこうも斜め上なほうへ考えるんだかなあ。
素直じゃないと、ほんと大変だぜ。
ククールは苦笑すると、一先ず話の方向を変えることにした。
肩越しに振り向き、笑顔と共に別の言葉を返す。
「な、エイト。腹減ってねぇ?」
「――はぁっ?!」
あまりにも突拍子な質問であった為か、エイトが素っ頓狂な声を上げた。