Requiem Dance -Bad-

2a. Aeternam

考えるよりも早く、身体が動いていた。

闇の矛先が、ククールに向けて放たれるのを見た瞬間、俺はその身体を突き飛ばした。
神鳥の背から落ちないように、加減をつけて。そして俺が盾になるように。
気をつけたのは、それだけ。
後は、何も考えなかった。

ただ、ククールを助けたくて――護りたかったから、俺は……。

◇　　◇　　◇

鋭い痛みが心の臓を貫いた。
肺腑を突き通る嫌な感覚に、吐き気を催しかけた。
悪意が身中を駆け巡り、その度に言い難い激痛が走る。

けれど視線の先、ククールの無事な姿を眼にした途端に、それは吹き飛んでしまった。
不快感以上に、俺を満たしたのは安堵。この上ない、安心感。そそ偽薬効果が、俺の痛覚を麻痺させる。
……ああ、無事で良かった――と。
口端から溜息のように笑みが零れた。血と、共に。
気管から、水が逆流するような音を聞いた気がした。
貫かれた胸元から綺麗な弧を描いて、赤が舞う。
ククールが身に着けているものと、同じ色。いや、それ以上に鮮明な紅の色彩。
それに見惚れる間も無く、俺の身体は上空の強い風に煽られ、簡単に揺らいで空に浮く。
支える力は噴き出す血と共に流れ出し、残ってなどおらず、そのまま後ろに、神鳥の背から外れて大きく傾いた。

ぐらりと、ゆるやかに――昏い空へ。

「――エイト！」
ククールが俺の名を呼んだ。
俺の大好きな声と顔が、今は酷く痛ましい色を帯びていて……最期に見るのが、聞くのが、それだということに、俺は胸が張り裂けそうになる。
そんな俺の目の前に差し出された――差し伸べられた、手。
それを掴もうと、俺は手を伸ばしかけた――が。

途中で、止めた。

結果、指先が触れただけ。
その感触が、俺とあいつとが共有した最期の接触。

後のこと、皆のこと、頼むな。
お前にとっては面倒くさいことばっかりだろうけど。
他に言いたいことはあったけど、声は既に出せず、言葉の形だけで最期の挨拶をした。

”さよなら”

告げて、後は、まっさかさま。

天空が、大きく歪む。回る。巡る。
その様は、まるで万華鏡。全てが逆さまに廻る。
血の雨を降らせながら、恐ろしく早くも遅い速度で、そして確実に落ちていく。
遠くからの皆の叫ぶ声を聞きながら、俺は逆さまの空を仰ぐ。

差し出された手を掴むのを止めたのは、別に死に急ぎたかったじゃない。
あのまま手を掴めば、ククールごと落ちてしまうのが分かっていたから、そうしなかっただけ。
あの勢いでは、確実に巻き込んでしまう。
巻き添えにしたくなかった。――あいつに、こんな結末を迎えさせるなんて、御免だったから。

だから俺は、自らを盾にして――護った。少し間違えた形だったけれども、許してほしい。
それに、俺なんかと一緒に心中なんて、きっとやり切れないだろうな――なんてことを思ったから。

死なせたくなかった。
だから俺は……一人で、落ちた。
拒んだ訳じゃない。
それだけは、分かって欲しかったけど――もう、この思いは伝えること叶わず。
隠していた思いを、間際に空に向かって告白する。

手を掴まなくてごめんな、ククール。

後はもう、触れた指先の感触だけを抱いて。
自身の愚かな涙と、鮮明な赤の雨を大地に注いで、俺は還る。
確実な死が待ち受けているそこへ、独りで落ちていく。

どこか遠いところで鐘が鳴るのを聞いた。
それはきっと、死者を送る為の道標。
それに見送られるようにして、俺は一人、身勝手に逝く。
置いて、置かれて、そうして独りきり。

さようなら。
――好きだったよ。