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Requiem Dance

1. Lacrimosa


崩れ落ちた残骸の中、俺は一人立ち尽くしている。
目の前には、暗黒魔城都市――その成れの果てを見ながら、虚ろに視線を彷徨わせ、呻くように、言葉を吐く。

「エイト。」
返事は無い。
とある城の兵士は、帰ってこない。城にも、俺たちの元にも。
どこにもいない。……いなくなってしまった。

あの日、あの時に、あいつは――エイトは……。


◇  ◇  ◇


空に浮かぶ暗黒魔城都市。危険なトラップを掻い潜り、迷宮じみた町並みを抜けて辿り着いた先で暗黒神をどうにか打ち倒すことに成功した。
だが、勝利に酔う暇は無い。城主を失った城はたちまちのうちに崩れ始めたのだから。
落ちる城壁。がらがらと崩れる音を聞きながら、俺たちは脱出口へと向かった。
城内から外へ出ると、迎えたのは地面ではなく昏い空。
空中城塞は遥か高い場所にあった。
霞んだ地上しか見えない高さは、飛び降りて無事に済むものではないことを教えてくれている。
人の身ではどうにもならない高み。
人に羽は無い。
だが――鳥ならば?
ココへ来るときにとった行動を、そのままなぞるだけでよかった。神鳥のたましいを使って鳥へと姿を変えて、俺たちはそこから飛び出した。

けれど、闇の存在は簡単には逃してくれなかった。
走る悪意の塊。殺意の一閃に神鳥の魂は貫かれ、変身が解けた俺たちは空に投げ出された。
バラバラに放り出された俺たちは、一瞬、死を覚悟した――が、光の存在も無力ではない。寸でのところで、神鳥レティスが俺たちを救い上げてくれた。

ここでようやく、本当に助かった――と。
安堵しかけた瞬間に、それは起こった。

闇の存在は完全には消滅しておらず、最期の足掻きで俺たちに攻撃してきたのだ。槍のような鋭い漆黒が、俺たちを――いや、俺を貫こうとして。

「――ククール!」

俺の名を呼ぶ声、そして衝撃。
貫かれたそれではなく、突き飛ばされた感覚があった。
衝撃は、視覚で来た。
まるでスローモーションでも見ているみたいに、俺の目の前でその光景が展開される。

俺を突き飛ばす、エイト。
その身体に、黒の一閃。
エイトの視線が俺と絡む。
声にならない言の葉で、告げられたのは。

「良かった。お前が無事で。」
弱々しい笑みを彩るように、赤が舞う。
花びらのように、ぱっと咲き……それに合わせて、エイトの身体が傾いていく。
その先は何もない空。

「――エイト!」
俺は咄嗟に姿勢を建て直し、手を伸ばした。

けれど――指先が、触れただけ。

あとは、そのまま。
まっさかさま。

流石の神鳥もエイトの落下速度に追いつけず、必死で追いかけるもエイトは何よりも早く落ち、何よりも遠くに行き……ついにその姿は見えなくなってしまう。

ゼシカの悲鳴、ヤンガスの絶叫、馬姫の嘶き、トロデ王の怒号。
それらが、昏く陰った天空に響いた。
絶叫、慟哭が、雷鳴のように。

俺は。
俺は、その時どうしていただろう?
触れるだけしか叶わなかった指先を、震える手で撫でながら、ただエイトが落ちていった先を見つめていたような気がする。

――ここまでが、エイトとの記憶。
あの瞬間から今まで、どれくらいの時間が経ったのだろう。
俺たちは、それでも暗黒神を倒し、世界に安息を取り戻した。
平和な世界。人々の笑顔。
けれど、欠けてしまったものがあることを、人々の多くは知らない。

いつか、別れが訪れることは予測していた。
でも、こんな。
「こんな別れかたって、有りか。」
突然の、別れ。本当に突然の、しかも最悪な形で。
誰もが納得なんか出来ない、認めたくない現実。
けれど、それが今の現在。

「一緒に行くって言っただろ。」
瓦礫の中、俺は誰も居ないそこで呟く。
足元には、墓。
名も無い石碑。赤いバンダナが巻きついたそれに向かって、言う。

「何で、一人で逝っちまうんだ。」
膝を突き、石を殴る。
あの瞬間、俺と眼が合ったエイトは笑っていた。
最期の微笑は脆く儚く、魂に刻み込まれた。永遠に。

「……あんな顔して、逝くなよ。」

”さよなら。”
落ちる間際、ククールだけが聞き取った言葉は、遺言。

「笑って……言うことじゃ無ぇだろうが!」
がつ、と強く石碑を殴れば、拳から血が出て石を汚した。

「何で一人で逝った!? どうして、あの瞬間、俺の手を取ろうとするのを止めた!?」
触れた指先は、今でも熱く氷のように冷たい感覚を残している。

「……馬鹿野郎がっ!」
どうせなら、道連れにして欲しかった。

いっそ、俺ごと落ちて逝け。
置いて逝くな。
独りで――逝くな。

「……っ……エイト……。」
いつの間にか涙を流しながら、石碑に縋る。惨めに、無様に。
たくさんの瓦礫跡、そこに存在している一つの名も無い石碑。
俺たちと共に、この世界を平穏に導いた男が埋まっていることを、人々は誰も知らない。

居たんだ、あの瞬間までは。
確かに、俺の側に。
逝く瞬間まで笑っていた男がいた。

「一緒に居るって、約束したじゃねぇか……っ!」
がつ、と石を殴る手は、もう心ごとボロボロになっていた。

先に、逝くなよ。

「こんなの狡いぜ、なぁ……エイト――」
答え返すもののない石碑の前で、血塗れになった拳を握り締め、声も無く泣き続けた。
一人で。

俺を置いて逝ったエイトと同じ――独りきり、で。