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Hunted Snow

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エイトは冬が嫌いだ。物凄く大嫌いだ。
だから冬の間は仕事などしたくはないし、外勤に至ってはサボってしまいたいと感じているくらいに嫌いだ。
だが、そういった身勝手な感情だけで仕事を休むわけにはいかない。
嫌いだから、厭だから、という理由で仕事を放棄するなどもってのほか。
子供じみた言い訳は通らない。自分はもう子供じゃない。
昔はただの子どもだったが、今はれっきとした兵士なのだ。

だから、分かっていた。
立場を。
しっかりと弁えていた。
身分を。

ちゃんと、きちんと、自覚していた。

でも。
けれど。

「これがっ……冷静でいられるか――……っ!」

空の紺を映した銀世界、白亜の大地。
一面に広がる銀世界の舞台に立たされたエイトの絶叫が、深い渓谷に轟き流れる。


◇  ◇  ◇


旅に決着が付いた後のエイトは、また兵士に戻った。
全てが始まる前の身分であり、初めにいた環境――トロデーン城の一兵士へとして。

だが、全くに初めの環境へと元に戻ったわけではなかった。
それというのも、前のような”一兵士”ではなく、これまでに成した功績や何やらを上乗せされてしまい、気づかぬ内に兵士長になっていた(させられてた)のだ。
エイトは面倒なことが嫌いだが、しかしそれはそれで別にもう構いやしなかった。
”仕えるもの”としてのエイトは、君主に抗告することなどない。
そんなこと、出来やしない。
エイト自身はあまり認めたくないことなのだが、性格が真面目すぎるからだ。
自分でも時々イヤになるくらいだが、これは性分なので仕方ない。
そんな真面目なエイトだが、職業上で少しばかり疎ましく思うことが一つある。
身分の位が上がるということは即ち、当然ながら仕事の量も増えることに繋がる。内容も、それに伴い面倒なものになる。これが疎ましかった。

まあこの辺はトロデーン城に限った事ではなく、どこでもそういうものなのだろうが。
実際に、目で見て分かるくらいに仕事の量が増え、それに追随する報告量も増えた。
積み重なっていく書類束に、目どころか頭が痛くなる始末。
その中には、新たに追加された仕事などもあった。
教会や院などから来る、演説の際の護衛依頼。
町や村からの依頼などでは、モンスターや野盗の退治依頼などが来る。

”遠征からくる警備依頼”も、その内の一つだったが、この仕事がエイトにとって一番の面倒ごとだった。

依頼。
それは、こちらを信用・信頼してくれた上で来る頼み事であるため、結構重要な評価となる。
この城の城主、特に姫君に至っては心優しい人物だから、どんな些細な依頼でも無下にしたりはしない。

――例え、どんなに面倒なことであっても。


◇  ◇  ◇


「エイト……これを貴方に頼んでもいいかしら?」
年末が近づいているこの時期は、師走と言う名が示すとおり、何もどうしても忙しい。舞い来る仕事量に対し、どうしても人手は足らず、故に上から下までがあちこちと走り回る羽目になる。

そんなある日、城の現状・執務の報告の為に赴いた広間にて。
報告が終わった早々、姫君がエイトに話し掛けた。
上目遣い。非常に申し訳なさそうな顔。
可愛らしい姫君から、命令とは永遠に無用な位置にあるほどに遠慮した口調で語られるそれは、もう命令などではなく”おねがい”である。

柔らかい懇願。
控え目の哀願。
そんな顔と声とで頼みごとをされては、拒絶できるわけがない。
エイトは姫君の表情から大体の内容を悟ると、苦笑しながら承諾する。
「俺なら構いませんよ、姫。――それで、今回の依頼地域はどこです?」
先ず、場所を聞いてから返事をするべきだった……と。
それに気づかされたのは、姫君の答えを聞いた後。

「今回の警備……正しくは守衛、なのですが。その場所は――オークニスなのです。」
「オーク……ニス、です、か……。」
エイトの笑みが完全に硬直したが、そこは兵士としての習性。
優しい姫君に悟られるほどに露骨なものにならずに済んだことが、せめてもの幸い。


Snowbreak Distracter