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Hunted Snow

3



紡がれた言葉のあまりの甘さに、ククールの胸中に熱が込み上げる。
「エイト――……」
掠れた声で囁き返し、エイトの服から下の肌へと手を潜り込ませる。
捲り上げられた裾から、ひやりと忍び込む寒気。
「ひっ! ば……っか、冷た――……」
エイトが身を捩って押し返そうとするも、その手を優しく制してククールが笑う。
「平気ヘーキ。すぐに温かくなるから……な?」
「すぐに調子に乗るっ……ん、待て、ってば――あっ……」
「待たない。つーか、待てない。」
「やっ、あ……っ」
互いの声が熱を帯び、感情が昂りかけたその時だった。

――ズシン!と。
重い音が響き、地面が揺れた。

「地震か!?」
ククールが勢いよく顔を上げ、きょろきょろと周囲を見渡した。
だが、音はただ一度それきりで、以降さした地面の揺れも無く。

「……何だったんだ? 今のは。」
首を傾げて呟いたククールに、答えたのはエイト。
「ああ、あれは罠が作動した音だ。何者かが禁猟区に立ち入ったんだろう。」
「罠? 今のが? ……エイト。お前……何、仕掛けた?」
「音で分からなかったのか? ――地雷だよ。」
「じっ……!?」
物騒な罠の名を、さらりと何とも無いことのように口にしたエイトに、ククールが驚愕した顔を見せた。
当たり前の反応だ。エイトの両肩を勢いよく掴んで、ククールが叫ぶ。
「お前、自分で何仕掛けたか分かってんのか! 地雷って爆弾だろ!? 人が踏んだらどうすんだよ!?」
「そういきり立つな。大した威力はないように作ってあるさ。」
ククールの甲高い諌め声に、エイトは眉根を顰めながらも宥めるように説明を始めた。
「初め、マルチェロは指向性型を薦めて来たんだが……それでは殺傷力が高すぎてな。俺は反対した。で、散々に議論した結果、爆弾岩の破片を更に小さくして、特殊な専用器に入れて作ったのが今のあれだ。」
「爆弾岩って……あの?」
「他に、どの”あの”があるって言うんだ。とりあえず、威力はかなり低くしてある。爆発しても、せいぜい気絶させるのが最大効果だ。」
「気絶、か……はぁ――……焦った。びびらせんなよ。」
安堵した息を吐き、エイトの方を掴んだままククールが項垂れた。
だが、直ぐに何かに気づいたのか、また顔を上げて勢い込む。

「いや、つーか、何でそんな物騒なもんを罠にしたんだよ!?」
「今回、俺が受けた仕事の依頼内容が”密猟者の逮捕・撃退”でな。範囲が、ほら……見事に広大だろ? だから、てっとり早い方法を。」
「何つー……。大雑把すぎやしねぇか?」
「こんな馬鹿寒い中で、馬鹿広い中を動き回れってか。無茶言うな阿呆。」
寒いのは嫌だ。
寒い中を動き回るのなんか、もっと嫌だ。
それに、どうせ相手は犯罪者。罪を犯した人間だ。
「禁猟区に入ったやつが悪いんだ。自業自得だろ。」
言うなりエイトはククールから離れると、服を整えた。
肩からずり落ちかけていたケープを着直し、防寒対策を確認する。
よし、ばっちり。
エイトは一人で頷くと、ククールを見返して片手を上げた。

「じゃあ、ちょっと罠に掛かった阿呆を拾って牢屋に入れてくる。ここの守備は頼んだぞ。」
「あ? おい、ちょっと待てエイ――」
ククールが引き止める言葉を発すよりも、相手の移動呪文が発動する方が早かった。
ひゅっと風を切る音と共に、ルーラを唱えたエイトの身体はククールの目の前から消失して白亜の世界へ。
雪の白に溶け込むように消える、ケープの残像。
ククールが空を見上げ、舌打ち一つ。

「チッ。上手い形でオアズケされたもんだな、全く……。」
悔しげに顔を顰めつつも、呟いた声には、仕方ないな、と観念する調子が含まれていた。
「あーチクショウ。一人になったら急に寒くなってきたじゃねぇか。」
ククールはぶつぶつと独り言を言いながら、袋を探った。
中からもう一枚、自分用として持ってきたエイトに贈ったケープとは色違いのものを取り出すと、それで身を包んで外壁に凭れかかった。
眼下に広がる、銀世界。
エイトはどこまで行ったのやら。

「情事と仕事は別、ってか? ……無駄に真面目なやつめ。」
不満げに愚痴を零しながら、それでもククールは一時的にそこの守衛役を請け負う。
エイトに言われたとおりに。
だが、ククールとしてもタダで仕事を任されるつもりはとんとない。

「戻ってきたら、存分に暖めさせてもらうからな。」
冷えた指先を擦り合わせながら、ククールが口端を上げてにやりと笑う。
――覚悟してろよ?
それはエイトが作った罠よりも甘く、マルチェロの吐く意見よりもきっとイジワルな、ククール特製のいつもの仕掛け。
何をどうしてもエイトが勝てない、絶対の代物。

銀世界、白亜の大地。
絶叫とはまた違ったエイトの声が上がるのは、それから少し、後のこと。


Snowbreak Distracter