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Hunted Snow

2



オークニス。
そこは世界で一等、寒い場所。
雪と氷の大地。
白亜眩しい世界。
――エイトが最も苦手で嫌いなところ。

別に恨みは無いのだ。ただ、個人的に苦手なだけ。
誰か他の人間――例えば部下など――に、頼めばよかった……と。
しんしんと降りゆく雪をぼんやりと眺めながら、エイトは溜め息を吐く。
城の人間は、自分の微笑み一つで簡単に仕事を請負ってくれる。
自身の造る笑みの効果が高いことを、エイトは識っていた。
だが、自分で受けた以上は自分が責任を負う。それがエイトの考え・生き方だった。
それだけは、なかなか変えられない。
何と言われようと。何を云われようとも。
けれども……時々は、臨機応変になってもいいかもしれない。肩口を掠める冷気に軽く身を竦めながら、憂いがちに息を吐く。
周囲の光景と馴染む白い吐息。
視覚的に寒さが増す風情に、エイトの表情に気鬱げな影が差す。
「はあ……こんな目に遭う度に、よく言われたっけなぁ……。」
脳裏に浮かぶのは、その相手の姿と声。

銀の髪、赤い服の男は、苦笑交じりに、哀れむように――けれど眼差しと声はどこまでも優しく、エイトを見てこう言うのだ。

「真面目過ぎんだよ、お前は。」
「ぇあっ!?」
回想である筈の台詞に、実体の音が混じって驚く。


◇  ◇  ◇


振り返れば、奴が居る。
奇襲を受けた時の衝撃に似た感覚に、エイトは弾かれたように声のした方を見遣った。
が……振り返った先に、相手の姿はない。
「あれ? クク……」
「だ――れだ。」
「……そう来たか。」
不意に、何者かの両手がエイトの視界を遮蔽した。
背中越しからの急襲。
見事な不意打ちにエイトが笑い、目を覆う相手の温かい手に触れながら、そのままの姿勢で言い返す。

「アサシンか、お前は。」
つい、そんな事を言ってしまった。
本音とは裏腹に自然と出る悪態。それは未だに直せない性格。
直らない、欠点。
けれど、相手は分かっているのだろう。エイトの言葉の意味を。

「相変わらず素直じゃねぇよな、お前は。」
手を離す間際に、きゅ、とエイトの頬を軽くつねって相手が笑った。
看破されているのだ。
エイトの心など、そう、全部丸ごとお見通し。
そのことに照れたのか、エイトが紅潮した頬を隠すように擦りながら振り向き、相手を軽く睨み付けて喚く。
「お前がそうさせるんだろうが!……第一、お前は今、無職で放浪者だろ? 何でいちいち俺の行く先々、居る場所にやって来るんだ。先回りでもしてるのか? それとも何だ、フリーランサーでもなって、俺と同じ系統の仕事を請けたとでも?」
「まとめて一気に言うなよ。返しにくいっつーの。」
苦笑交じりにククールが言う。
「それよかさ、たまには可愛い声で”逢いたかったのククールぅ~!”……なーんて言って、抱きついてきたりはしてくんねぇの?」
ククールが自分の両手を頬に当てつつ身体をクネクネさせながら言えば、それを見たエイトが酷く嫌そうに眉を顰めた。

「……俺が、いつ、どこで、そういう姿態を見せた?」
顔が引き攣っているのは、寒さのせいだけではあるまい。
恐らくは本気で嫌がっているのだろう。
大の男が、そんな気色悪い真似出来るか!――と、エイトの目が言っている。
それを見て取ったククールは、自分の口にした願いは一生叶わないのだと悟り肩を竦めた。そしてそれ以上は何も言い返さず、肩から掛けていた袋へと黙って手を伸ばして中を探る。

「……? ククール、何して――」
「とりあえず、いつものパターンだ。」
「パターン?」
「差し入れを持ってきてやったんだよ。――ほら。」
「え? なに――うわっ! これ……」
それは、非常に手触りのいい大きなケープだった。ケープ、というよりは、もうブランケットだと表現した方がいいかもしれない。何せ、それくらいに大きいのだ。
エイトが指先を滑らせ、その柔らかな感触に目を細める。

「……気持ちいい。」
「だろ? オークニス名物の毛織物、しかも貴族階級御用達っていう、上等品だぜ?」
「うん、分かる……滑らかで質も良いし、肌がちくちくしない……うん、凄い……」
すっかり魅了されたのか、うっとりした口調でエイトが頷く姿に、ククールは満足そうに笑った。
自分の見立てに間違いが無いこと、そして見事にエイトの好みであることに、嬉しくなる。
「まあ、そういつまでも手で触ってばっかいないで、羽織ってみろよ。」
「ん……ああ、そうだな。」
言われたエイトは、いそいそと上半身をその毛織のケープで包み込むと、ほう、と溜め息一つ。
「うわ、あったかい……なあククール。これ、高かっただろう?」
「そりゃあ、もう。」
「……。幾らだった?」
「あのな、エイト。俺が勝手に差し入れたんだ。だから、金なんか受けとらねえぞ?」
「……でも。」
エイトがそこでククールを見上げ、表情を曇らせた。
それからククールに寄り添い、相手の胸元に手を添えて首を振る。
「流石に、これはタダで受け取れない。……半分だけでもいいから、払わせてくれ。」
エイトも目が利くほうだから、そのまま素直には受け取れないらしい。贈答品にしては高級すぎたのだ。
ククールは頭を掻きながらエイトを見下ろし、苦笑する。
「無理して買ったもんじゃねえんだから、そんなこと言わずに素直に貰っとけ。それに、もうじき聖夜祭だろ? 恋人に早いプレゼントをして、何が悪いっていうんだよ。」
「え――……聖夜?」
きょとんとするも、すぐにポンと手を叩いて。
「あっ、そうか! もうそんな時期か!」
「……お前。……もしかして、また忘れてた? 聖夜祭。」
「……忘れてた。と、いうか……覚えきれてなかった。」
「この――仕事馬鹿!」
「痛って!」
ワーカーホリックにも程がある。
ククールは顔を顰め、ごつっ、とわざと強めにエイトの頭を小突いた。
短い声を上げてエイトが呻き、涙目になりながら見上げ、返すのは言い訳めいた言葉。
「だって! 兵士としての俺にとっては、そういう日は大体イベント行事でしかなくて! 特にミーティアが、そういうの大好きだから……だから、予定を立てたりケーキを作ったり城を飾り付けたりするスケジュールの調整してて……!」
「だからって、お前なぁ……姫君と俺と、一体どっちが大切なんだよ!」
つい溜息深く詰め寄れば。

「そんなのククールに決まってるだろう!」
「――!?」
てっきり、口篭るか戸惑うか曖昧にされると思ったのに。
エイトは”忠実な従者”だから、そういう質問に対しては一瞬惑い、選択肢を前に立ち竦む、と……そう、思っていたのに。

それなのに、あっさりと覆された。
顔に歓喜からの熱が集まるのを感じる。きっといま自分の顔は馬鹿みたいに赤くなっているだろう。
子供でもあるまいに、こんなことで赤面するなんて。そう思うも、しかし仕事の方を優先しがちだろう恋人からの予想外の答えを聞かされては、堪ったもんじゃない。
ああ、もう正直にいこう――素直に嬉しい。
ククールはエイトに飛びつく。

「だあーっ! もうお前のそういうとこ、凄ぇ好き! 大好き!」
「な、何だよイキナリ!?」
突然の抱擁に、エイトは何が何やら分からずに狼狽している。
「あ? 何だ、無自覚で即答したってのか? クッ……ほんっと、お前って――」
ククールが苦笑交じりに含み笑い、更に強く抱き締める。
「俺がお前を暖めに来てやったってーのに……あーあ。まさか俺が暖められちまうとはなあ。それも、たった一つの言葉だけで。立場が逆転しちまった。」
「……そんなこと、ないぞ。」
エイトがククールの首に手を回し、その肩に頭を擦り付けながら答えを返す。

「白状させてもらうけどな、ククール。俺だって、ちょっと前までは心がブリザードだったんだぞ。これでもか!ってくらい、思いっきり荒んでたんだ。それが、どうだ。」
ククールの首筋に唇を寄せて、エイトが囁く。
「見ろ。もう、お前が来ただけでこんなにもぬくぬくだ。」
小さな口付を落とし、それからまた続きを語る。
「幾ら俺が仕事馬鹿でも、何が一番大切なのかは分かってるつもりだぞ……?」

だから即答したんだ。
だから迷わなかった。
戸惑う理由など、どこにある――?

エイトの真っ直ぐな視線に、ククールは目を丸くし――それから、嬉しそうに笑った。
 

Snowbreak Distracter