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Autumn Rondo [マルチェロ編]

新しい称号を貰った日・1



「あっ! これっ――」
それは、ずっと探し続けていた書物だった。
とにかく希少であり、エイトがその存在を知った頃には既に絶版の扱いを受けて見かけなくなっていた。
過ぎた知識は、時として脅威になる。
それを恐れた組織――教会は、そういったものを禁書指定にして集めると、全てを火にくべて処分してしまったのだった。
故に、存在しているものといえば本のタイトルのみで、その名も過去の資料に載るのをただ見かけるだけの代物。

もう永遠に読めないのだと思うと、悔しかった。もっと早く生まれてくれば良かった、とすら後悔するほどに。
なにせ原版の欠片すら見かけたことが無い代物なのだ。
それが、何故ここに……。
エイトはその本を凝視しながら、本棚に向かって手を伸ばした。


◇  ◇  ◇


その日、エイトは、ここサヴェッラの大聖堂に届け物をしに訪れていた。
用事を済ませ、何気なくマルチェロの執務室でぶらぶらしていたのだが、不意に本棚に視線が引き寄せられたのは、その書物に気づいたせいだ。
震える手で本の背に手を掛けて、タイトルを確認し――大きく感動した。
澄み切った夜を溶かしたような、見事に深い紺青の表紙。
金で縁取った装丁の豪華さには、視線どころか心すら奪われる。
それは正しく、自分が探し求めていた本だった。

「なあ、マル。これ……どうしたんだ?」
声が上擦りそうになるのを何とか堪えながら、何気なさを装って訊ねてみる。
マルチェロは仕事の手を休めないまま、書類に目を落とした状態で答えた。
「”これ”呼ばわりだけでは分からん。内容を端折るな。」
「だからっ……これ! ここの棚にある、青い装丁の本! これ、消失三界幻獣白書だろ?」
淡々とした返答に、思わずエイトは声を強めた。
だが、それでも相手は――「ほう。よく知ってるな。」
仕事に集中しているせいか、返事はなんとも素っ気なかった。
しかしエイトは構わず、尚も質問する。
「どうしてコレがここに? 全部燃やされた筈だろ?」
当然ながらに浮かんだ疑問をぶつければ、相手は顔も上げずに失笑する。
「フン。禁書というものは、後世の研究の為に一冊は教会が保存してあるものだ。何だ、そんなことも知らなかったのか?」
「し、知ってたよ! そういうのは知ってたけど、だって、まさかこんな、――こんな近くにあったなんて!」
「お前はココを何処だと思っている?」
「え? ……ああ、そうか。マルチェロは、法皇様、だっけ。」
「ふっ。この地位に就かせた当人の吐く台詞とは思えんな。」
マルチェロがそこで書きものをしていた手を止め、ようやく顔を上げた。
「その法皇様、とやらに臆さず談笑する輩はドコのどいつだろうな?」
柔らかい眼差し。穏やかな微笑。
今の雰囲気ならば、ひょっとして――。
エイトはさり気ない仕草で禁書を手にとると、それを相手に見せるようにしながら叫んだ。

「マル! なあ、マルチェロ! これ、貸し――」
「――言っておくが、その棚一帯にあるものは当然ながら全てが貸出禁止だからな。」
「……っ!」
頼むより早くに返されたのは、無慈悲な即答。
しかし、エイトもエイトで諦めきれないらしく、食い下がる。
「いいじゃないか、ちょっとくらい! 大切に扱うし、絶対に返すから……!」
「例外は認めん。それに、”絶対”という言葉は当てにならん。」
「お願い、マルチェロ!」
「駄目だ。」
「う~っ……じゃあ――じゃあ写す!」
「……ほう?」
エイトの提案に、マルチェロが薄く笑った。
それは嘲弄。なにせ、その書物の厚さは三センチ。ページ数にして約九百。
「本来ならば写本行為も禁止だが……そうだな。今日一日でそれが出来たら、構わんぞ。」
「一日っ!?」
思わず驚いた声を上げて、エイトは壁に掛けられた時計に視線を走らせる。
既に黄昏が閉じた夜の初め。針は午後七時を少し回った頃。つまり、あと――五時間弱。
エイトがあからさまに愕然とした表情をすれば、それを見て取ったマルチェロが含み笑う。
「諦めるなら今のうちだぞ。大人しく、その隅で黙読する程度にしておけ。」
「こ、これくらい――やるさ。やってやるさ!」
エイトはたまに意地になりすぎて、引き際が分からない時がある。
ぐっと唇を噛むと、つかつかとマルチェロに歩み寄り、白紙を幾つか貰い受けるなり、近くの小机へと向かった。そこへ腰を下ろすなり慌しい動作で本を開くと、素早い動作で内容を書き写していく。

「ふう。……この、頑固者め。」
マルチェロは呆れた目をしてその様子を見ていたのだが、結局は写本作業に没頭し始めたエイトを放置することに決めたようだ。
座りなおすと、ペンを執って息を吐く。
「――好きにしろ。」
そうしてまたマルチェロは、何事も無かったかのように自分の仕事へと意識を集中させるのだった。


読書馬鹿か勉強馬鹿か