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曲がる和を解いて

・1・ 差し出すのは対価 



「やっと俺の元へ来る気になったか。」
青い服に身を包んだ俺を見て、開口一番にマルチェロがそう言った。
皮肉めいた笑みを一つ、おまけに付けて。

それは忠義を翻した俺に対しての軽蔑?
それとも自分側に身を属したことへの喜悦?
どちらにせよ、俺は何とも思わない。どう思われようと、どう見られようとも、気にしない。
俺がこうして、この青装束――それはマイエラを訪問する度に見かける聖堂騎士の制服――を着ているのは、もっと単純な理由である。
気分を変える為だとか、転職をしたとか、そういうことではない。
――遠回りな言い方は止めよう。ストレートに手の内を明かすと、理由は唯一つ、単語で一つきり。
それは。

「……仕事だ、阿呆。」
毎度お馴染み、兵士としての仕事の一環上である”出張警備員”としての俺の今回の派遣先が、このマルチェロ率いる騎士団なのだった。
故に俺は現在、その派遣先の制服を着ている。目立たないように。
だから、別にマルチェロに付いた訳ではないし、職業を変えたのでもない。
俺が仕える場所はトロデーン城、忠義を示す相手はその君主、その姫君だけ。

例え、それが恋人――マルチェロであっても、俺のこの生き方は変わることなど無い。
恋と忠義は別物なのだ。そこは、はっきりさせておこう。

よく、「恋は人を盲目にさせる」と表現されるが、俺はある程度の理性は持っている。
絶対にそうしてはならない行動、それからはみ出てはいけない領域を、常に確認して生きている。
平和な環境下、戦場という舞台に立つことは無かったが、それでも兵士としての職業柄、それに近しいことは幾つも遭遇した。

だが危険な目に遭ったことは、城の君主・姫君には報告していない。
むしろ、全力で隠し通しているくらいだ。
情報の隠匿は悪いことなのだろうが、それも時と場合と相手による。
温かな日差しのような世界に属している人間に、知られて欲しくない世界もあるのだ。
だから、その時ばかりは俺は”忠実な兵士”の仮面をとる。
彼らには一生あのままで居て欲しいから。
日当たりの良い場所で……ずっと。安らかに。

――と、まあ俺の別の性分はともかく――というか置いといて。
俺は話しかけてきた相手に意識を戻し、溜め息と共に言葉を返すことにする。
「開口一番の挨拶がそれですか、マルチェロ団長殿? いや――……今は法皇様、でしたね。」
わざと距離を置いた口調で言うも、相手にとってはその反応すら楽しいものであるのか、微笑の度合いを深めて。
「一介の余所者に対してなら、これで充分だろう?」
相手を見下しながら冷笑してからかうこの癖は、相変わらず。
法王となっても恋人となっても、マルチェロのこの癖は――性格は、直らないだろう。そういう性分なのだ。
何というか、それは嬉しくもあり……少し腹立たしくもある。
だが、それらで激昂するほど俺の精神は易くない。
「それがココの流儀ですか。成る程? 高貴な御方が考えそうなことで。」
皮肉には皮肉を。
やられたらやり返すという行為は、子供じみたものだと分かっては、いる。
解ってはいる、が――やはり、俺の場合は理性と思考は別々に働くようだ。
俺の台詞に、マルチェロが眉を上げた。
それは癇に障ったという証。
マルチェロは両腕を組むと、俺を睥睨しながら言った。

「ふん……随分と賢しい事を言うようになったな。それもこれも、無節操にあちこちへと身を寄せる環境に適応したせいか?」
「無節操だと? 俺はただ自分に任されたことをこなしているだけだ、阿呆。」
今度は俺が眉を顰める番になった。
人気の無い廊下で、そのまま睨み合う俺たち。
それぞれの腰元には職業上、当然ながら帯刀された剣が一つずつ。
いや、その前に。
俺たちは、何で初っ端からこんな険悪な会話をしなけりゃならないんだ?

「……止めよう。」
「……同感だ。」
剣を抜く代わりに溜め息を交し合い、俺たちはその場の空気とお互いの気分を静めた。
大人気ないとはこの事だ。けれど、すぐに修正する判断ができただけマシだろう。
その時の俺は、雰囲気を変えるスイッチ、という存在でも求めていたのかもしれない。気分を直すように髪を掻きあげると、視線を廊下の窓辺に向けて独りごちてみた。
「そういや、ココへ来るのも久し振りだな。」
室内の雰囲気を談笑に適した空間へと持っていきたかったのだが、俺は手札を間違えたようだ。
マルチェロが、険しい顔をより一層険しくしたのが見えた。
「久しい? 用も無く来ていたくせに、よく言う。」
「ん? 何で、お前がそれを知ってるんだ。」
「……否定はせんのか。ココの訪問者記録も報告の内に入っているんだ、愚か者。」
「愚かも何も……別に隠すようなことじゃないし。」
「自ら話題に出さなかったのは、アレが絡んでいるせいなんだろう?」
「アレって……」
「……ククールのことだ。」
「あ――」何故だかそこで、俺はつい眼を伏せて沈黙してしまった。
別にククールの名前を出されても俺は何ともなかったし、やましいことも無いのだから毅然として在るべきだったのだ。
目を伏せる――これは単に、昔からある俺の癖。
昔の俺は対人嫌悪の気があり、人と目を合わせて会話をするのが苦手でいた。まあそれは今も多少ながらも残っているが。
俺は先程、マルチェロの性格について云々と偉そうにしたが、この意味も無く目を伏せる俺の行為も同等である。人のことをとやかく言えた義理じゃない。
そんな俺の”無意味”な仕草を、マルチェロはどう思ったのだろう。
どういう意味に捉えたのだろう、俺のこの悪癖は。

ともかく、それは大きな誤解を招くのに充分だったようで……。

曲解?