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SEASONS [K] *Dec.2

いつもの調子でMerry Christmas



今年はどうにも忙しくて、ケーキ作りに取り掛かるどころか材料すら買いにいけないほど暇が無かった。暗黒神ラプソーンを倒し、世界が平和になった反動もあるのだろう。
とにかく忙しくて、慌しくて。
だからククールにはその旨を伝え、「もしかしたら今年の聖誕祭は何も出来ないかもしれない」と。
一応、書簡ではなく直接伝えて、謝っておいた筈――だったのだが……。


◇  ◇  ◇


降誕祭が終わりを告げた、深夜。
時が変わった丁度その時に、来訪者はやって来た。
いや、訪問というよりそれは侵入だった。
何故なら、人の気配を感じてエイトが目を覚ましたら、ベッドサイドに居たのだから。
薄闇の中で浮かび上がった人影に、エイトは一瞬ぎくりとして構えたが、しかし直ぐに侵入者の正体に気づいたので、辛うじて相手に剣を向けずに済んだ。

「……ノックぐらいしろ、というか――勝手に入ってくるな。それに、深夜だぞ。」
ようやく安息の眠りに就けたところを邪魔され、尖った声で言うエイト。
そんな相手の不機嫌な声を聞いても、人影はたじろぐことなどせず、苦笑を浮かべて素直に謝罪の言葉を口にした。
「あー悪い悪い。どうしても逢いたかったからさ。」
「……阿呆。」
エイトが眉根を寄せながら、ゆっくりと上体を起こしかける。
が、何か違和感を覚えたのか不意にその動きを止めた。

「……。……?」
半分しか覚醒していないせいもあって、視界がまだ薄暗く焦点が合わない。
けれども、れっきとした違和感がする。
「……?」
ごしごしと目を擦り、ゆっくりと自分の体へ視線を落としていく。
「あれ? 何だ、コレ――……っ!?」
疑問符が、途中から驚愕の声になった。
「な、ななななな……何だ、ぁ……っ」
「おいおい、深夜だぜ? 大声上げるのはナシだ。」
ククールが咄嗟に手でエイトの口を塞いだので、悲鳴が響き渡るのだけは防げた。
その行為に対しては、エイトも感謝の念を抱いたが、けれど。

「……ククール~っ、お、前、なぁ……っ!」
口を押える相手の手をベリベリと剥がしながら、エイトは地を這うような声を出して相手を睨みつける。
「これは一体全体何の真似だ!?」
声を抑えつつ振り返り、掴みかかった。
胸倉を掴まれてもククールは平然としていて、肩を竦めて言い返す。
「何だよ、そんなに怒るようなことか?」
「あ・た・り・ま・え・だ!」
どこまでも涼しい顔をして言いのけるククールの肩を掴み、がくがくと強く揺さぶる。

「メイド服を着せられて、怒らない男がいるか! 阿呆っ!」
しかも無意識のうちに勝手に着替えさせられていたのだから、最悪だ。
「何でだよ。すっげぇ似合うのに。」
ククールが憮然として言うので、エイトは更にきりきりと眉を吊り上げる。
「俺の性別を考えた上で言え!」
「性別なんか気にしてたら、恋愛すら出来てねぇところだろ。」
「今の問題は、過程に至る前じゃなく、今、この時だ!」
あくまでも静かな声音で喚いていたエイトだったが、そのうち疲れたのか、がっくりと肩を落とした。
「はぁぁぁぁ……あーもう、疲れる。……疲れた。」
「そりゃ、寝起きにそんだけハイテンションでいればな。」
「……お前が全ての元凶だろうが! それはそうと、この服は何だどうした盗んだのか!?」
「一度に言うな、答えにくいだろ。説明してやるから手を離せって。苦しいから。」
ククールが両耳を塞いで大袈裟に眉根を寄せて言えば、エイトが渋々ながら手を離した。
そして下から睨みつけるように、じとりと見つめ返して。
「……で、続きは?」
と、話を促せば、ククールは軽く咳き込んだ後に言葉を繋げる。

「そうだな。……今日、俺は聖誕祭に行って来たんだ。お前が仕事だっていうから、暇でな。」
その言葉を聞いて、エイトが目を逸らす。幾らかは後ろめたさがあるようだ。
ククールはその反応に苦笑を滲ませ、話を続ける。 「で、その服は、その時に参加した催し物のクジ引きで当てたんだよ。」
「それは、良かったな。……で? 何で寝ている俺に着せた?」
エイトがこの上なく低い声で凄めば、ククールが笑って。

「何でって、そりゃあ――恋人の可愛い姿が、見たくなったから。」
「……ああ、見事に理由になってないな。」
強張った笑みを浮かべて、エイトがククールから距離を置いた。
その突然に空けられた空間に、ククールが首を捻って訊く。
「どうした? 何だエイト?」
「……。」
エイトは色味のない笑顔を貼り付けた顔を相手に向けて、一言。
「ひとまず、眠れ――阿呆っ!」
「ぐはっ!?」
片足を振り上げ、そのままククールの脳天めがけて蹴りを叩き込んだ。
避ける間もないままに、それを綺麗に受けたククールがベッドの上に倒れ込む。
「……はぁ。」
とん、と床に着地して、エイトがこの上なく疲れた溜め息を吐いた。

「とりあえず、同じ違和感をお前にも味わわせてやる。」
言いながら、エイトは服を脱ぐなりククールに近づくと、気絶しているククールの服を剥ぎとり、代わりにその体躯ではさぞきつかろうメイド服に、ぎゅうと押し込んでやった。
――何気に、世にも怖ろしいメイドが完成した。
ぴちぴちのメイド服に身を包んだ、女タラシの神殿騎士……。

「うっわ、ゴシックホラー?」
エイトはわざとらしく身震いすると、苦笑いを浮かべながら尚も気を失ったままでいるククールの枕元に近づいた。
目元に掛かった前髪を掻き揚げて払い、寝顔(いやこの場合は気絶顔か)を見つめながら、溜め息を付いて話しかける。

「全く……毎度毎度、阿呆なことばっかり仕掛けてくるな、お前は。」
迷惑そうな声、だがそれとは裏腹に、エイトの表情は柔らかい。
ククールの髪を梳きながら、エイトが静かな声で呟いた。

「……今年は何も出来なくて、ごめんな。」
自分の要領の悪さを、仕事が忙しいせいにして、逃げて。
そして、わざわざ逢いに来てくれたというのに、やはり何も出来ないままで早々に蹴りを叩き込んで気絶させてしまった。
いや、でもまあこれは、人が寝ている隙にメイド服なんぞを着せたククールが悪いのだが。
けども、突拍子も無い行動はさておき。

「……逢いに来てくれて、嬉しかった。」
微笑して、エイトがそっとククールに屈みこんで口付けた。
それは、せめてものクリスマスプレゼント。
(明日になったら、ケーキでも焼いてやろう。)
そんな事を考えながら、寝椅子を引き摺ってきて、その上で眠りに落ちた。

だが、翌朝。
目を覚ましたククールが、自分の置かれた状況を見て何を誤解したのか。
「エイトってコッチが好きだったんだな?」と、そんな事を呟いてニヤリと意味ありげに笑うのを、エイトは浅い眠りの中で聞きつけて、うんざりしてしまった。
昨夜の感傷――とは言っても、もう日付が変わったので正しくは今日になる――が、すっかり台無しだ。

こいつは一度、煉獄島に監禁してきた方がいいな。

げんなりしつつ、しかしそれ以上ククールの相手をするのが億劫だったので、エイトは眠りを優先させると、そのまま夢の中へと落ち込んでいった。

――ケーキ作りは中止にしてやろうか。
完全に眠りに落ちる間際、エイトが誰にとも向けること無くそんな事を心中で呟いて、大きな溜め息をついたことなど。

勿論、ククールが知る由も無い。

Happy Christmas!