TOPMENU

SEASONS *Dec.1

降誕祭



闇の中、雪が降る。
空を仰げば、白いそれがまるで降り注ぐ光のようで、見つめていると吸い込まれそうな感覚に溺れる。
どれくらいの間そうしていたのか、不意に背後から忍び笑う声がした。

「……何を馬鹿みたいに呆けている? 雪が珍しいというのでも無いだろうに。」
声のした方を振り向けば、何が愉快なのか、面白がってコチラを見ている男が一人。
「あれ……今日、仕事って言ってましたよね? 休みになったんですか?」
「そんな訳あるか。家を出るには、まだ少し時間があるだけだ。」
「そう、ですか……。」
折角の降誕祭なのに……。

「それより……馬鹿みたいって、酷くないですかね?」
「事実を述べたまでだが? 現に、今にも口を開けんばかりに呆けているように見受けたがな。
で、何で空を仰いでいた? 何か気になるものでも見えるのか。」
「いや、別にそれといって、珍しいものがあって見ていたわけじゃ無いんですけど。」
「この寒空の中、何も用が無いのに、空を仰いで立ち尽くしていたと? 馬鹿か、貴様は。」
「……感傷に浸るって言葉を知らないんですか、貴方は。」
空が、雪が綺麗だから見惚れていた。
ただそれだけなのに。

「下らんな。」
一蹴。
「貴様も、他の人間と同じか? 居るかどうかも知れぬ神に祈って、平和主義者みたいに気取るか? ……今日は、今日だ。いつもと同じ日だ。特別な日でも何でもない。――少なくとも、私はそうだ。」
「そんな、身も蓋も無い。」
「何だ? 貴様も、何かするつもりなのか? それとも、何かして欲しいのか?」
「何って……まあ、そうですね。……ケーキ食べたり、とか?」
「そんなもの、いつでも食べさせてやっているだろうが。」
「あ。……じゃあ、えっと……」
どうしよう、かな。
本当はケーキとか料理とか、そんなのが欲しいわけじゃない。
俺が欲しいのは……。
でも、それすらも「下らない」と無下にされたら、泣くしかないわけで。

「言いたいことがあるなら、はっきりしろ。私は暇じゃ無いんだ。」
「……。これから仕事に、行くんですもんね。」
「最初にそう言った筈だが。」
「……、……そんな人に、私の願いは叶えられませんよ。」
「どういう意味だ?」
ぴくり、と怪訝そうに片眉を上げるマルチェロに、エイトの機嫌はますます悪くなっていく。
「だって、仕事なんですよね? 院に寄付してる人の為に、御高説しに行くんですよね? ……下らないって言ったくせに……今日は仕事を入れないって、言ってたくせに……っ……。」
「……。」
「俺を……子供扱いするな。」
(俺は無神論者だし、今日を特別扱いする訳じゃないけど……けど!)
「今日は一緒に居たかったのに。」
俺と仕事、どっちが大切なんだ!って。
そんなことを言うつもりはない。そういう台詞で責めるのは卑怯だと分かっている。
――でも。
(今日は仕事を入れないって言ってたから、俺は……。)
だからこの日の為に、こっそりだけど、料理を作ってケーキを用意して……一通り用意して、待っていたのに。

醜態は晒したくないのだろう、それ以上は激高せずにただ項垂れたエイトを見つめて、マルチェロはふうと溜息一つ。
「……それが貴様の望みなんだな?」
「……うん。」
「私には叶えられない、とは――言ってくれたものだな。馬鹿が。」
「ばっ、馬鹿って言うな――……っ!?」
叫ぼうとしたエイトは、そこで不意に抱きしめられ、続いて降ってきた口付けによって言葉を遮られた。顔が離れ、唖然とした表情で見上げると、相手は口端を上げて笑っていた。
「な、……」
「そんな願いで良いなら、叶えてやろう。……今日の仕事は、別の者にでも頼むことにする。私でなくとも構わないからな、あれは。」
「……マ、ル……チェロ?」
「そう驚くような事か? 私とて、何を優先するべきかは理解している。」
マルチェロが苦笑して、俺の頭を撫でる。
「屋敷に戻るか。お前が作ったせっかくの料理が冷めてしまうだろうからな?」
「……知って……たん、だ……?」
「当たり前だ。あれで私の目を誤魔化していたつもりか? ……本当に見くびってくれたものだな。」
何もかも、お見通しってわけか。
悔しい、けど――……駄目だ。
嬉しさの方が勝ってしまって、そんな気持ちなんか直ぐに吹き飛んでしまった。
「ところで先程、子供扱いするな、と言ったな?」
「え? あ、うん。ごめん。あれは俺が子供っぽかった――」
「――謝罪は必要ない。ただ、その言葉、後悔するなよ?」
「……え?」
屋敷の戻る途中、マルチェロが笑いながらそう言ったのだが、生憎とその時のエイトには、相手の言葉の真意に考えを巡らせる余裕は無くて。
後悔したのは、寝室に入ってからだった。

……俺の、馬鹿。

Sweet Regret...