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SEASONS [K] *Feb.2

Chocolate sulky



その日の二人は、最初から両極端でいた。

「お~大漁大漁~!エーイト、見ろよコレ。みんなチョコレートだぜ?俺宛の。」
嬉しそうな顔をして笑う、ククール。その両手には、色とりどりの包みが零れんばかりにある。
「……良かったな。」
半ば呆れた表情で応じる、エイト。
返された声のトーンは覇気が無く、元気も無い。
そんなエイトの様子に気が付かないのか、ククールは尚も笑いながら喋り続ける。
「やっぱ、俺ほどの美貌の持ち主になると、世間のレディが放っておかねぇんだろうな~。もうさ、今日は立ち寄る先々で顔見知りから貰っちまってよ~。あー重てえ~。」
「……いつまでも馬鹿みたいに抱えてるからだろ。阿呆。」
エイトが背を向けたまま言い返す。
「マイエラなりサヴェッラなりでも寄って、置いてくれば良かったんだよ。阿呆。」
堅い声。だがククールは、にやにやと笑いかける。
「何だよ。もしかして、焼いてる?」
「自信過剰だ、阿呆。」
エイトの声には苛立ちが混じっていた。
「ふ~ん……。」
ククールは笑いながらも、そんなエイトを見て内心で首を傾げていた。

どうして先程から不機嫌なのだろう?――と。

エイトはチョコレートを貰えなかったのだろうか?
――否。それは、無い。
中世的な美貌と物腰柔らかな態度のエイトは、隠れファンもいるほど人気がある。
それも、男女問わずに。(ここが少々面倒くさい。)
だからエイトも多分に漏れずククールと同等か、それ以上に収穫があった筈だ。

ならば焼きもちでも焼いているのだろうか?
……否、とは言い難いが、それも少し違う気がする。何故ならエイトは女性からの贈り物は無下にするなと、いつもククールに怒るほどの女性崇拝家――所謂、フェミニストなのだ。
だから、チョコレート(又は贈答品)を拒否するようなことは言わないだろう。それに、嫉妬しているのならばもう少し解り易く顔に出ているのだし。

今のエイトは、ただただ眉根を寄せて、むっつりと黙り込んでいるばかり。
嫉妬でなければこの不機嫌なのは何が理由なのだろう?

「なあ――今年は、エイトからのチョコは無ぇの?」
思考が手詰まった以上、考えていても仕方が無い。とうとうククールが話を切り出してみれば、背後のエイトがますます小さく身を丸めて、言葉を零した。
「……無い。」
「……。」
返された言葉に、一瞬落ち込みかけるククール。
だが、ふと……先ほどから胸元に両手を当てているエイトのその姿勢が気になった。
胸を押さえる、というかどちらかといえばそれは――何かを、隠し抱いているような。
相手に悟られないよう注意しながら首を伸ばしてエイトの肩越しから窺い見れば、それは何かの包みであるのが分かった。
味気ない包装紙で包まれた、何か。
まさか――?

「その、エイトの胸に有るやつは違うのか?」
指摘の言葉を投げれば、明らかにエイトがぎくりとしたのが伝わった。
「……っ……こ、これは……」
ますます隠すように包みを抱き締めるエイトに、ククールは尚も続ける。
「それ、チョコだろ?俺のための。……何でそれをくれねぇんだよ。」
「ウルサイ!……これは……これは、違うんだ!」
包みにしがみ付くように、身を竦めて否定の言葉を吐くエイト。これで追究するなという方に無理がある。ククールは苦笑すると、片手を差し出しながら言った。
「あのな。バレバレだっての。それ、くれよエイト。」
「……嫌だ。」
「何でだよ。くれってば。」
「い・や・だ!」
「なーんで。エイトって、独り占めするほどチョコが好きだったっけ?」
少しばかり意地悪く軽口を混じらせれば、それで頭に来たのか、エイトが大きな声で言い返した。

「阿呆かっ!これは失敗したやつだから、渡せないんだよ!」
「……は?」
「……あっ!」

失敗?誰が。
――エイトが?
ククールは目を丸くすると、改めてエイトに向き直って訊ねた。
「珍しいな、お前が料理で失敗すんのって。」
呆れる、というより何となく感嘆したように呟いてみれば、背を向けたままのエイトが震えながら俯いた。見ると、耳まで真っ赤に染めている。恥ずかしがっているのだろう。生真面目な人間は自分のミスに弱い。
かといって追い詰めるのもなんなので、そのまま相手が切り出すのを待っていれば、やがて観念したのかエイトがゆっくりと口を開いて語りだした。

「……こ、ここの……ところ……さ。」
「うん?」
「……。……最近まで、変に難しい仕事ばかりあって……それで、結構疲れてて。」
「大変だな。お疲れサマ。」
「あ、うん……そ、それで、寝不足にもなるし、でも、どんどん日は近づいて来るし、で……材料とか揃えるので、いっぱいいっぱいで……」
「……それで?」
「ん、ようやく時間が空いて、調理に取り掛かれたのは良いんだけど……何か、気づいたら寝惚けててさ……。」
「……無理すんなって言ってるだろ。――それで?」
「うん、それで……焦げ臭いなってところで目が覚めて、見たら……鍋の中で、チョコレートが得体の知れないものになってて……それで、もう……、……渡せなく、なった。」
「成程な。事情は分かった。」
ククールは苦笑を微笑に変えると、エイトの隣に立ってその頭を撫でた。
すれば、ますます申し訳なさそうに縮こまるエイトのその身体を背後からぎゅっと抱き締めて、ククールはもう一度同じ言葉を吐く。

「分かったからさ――そのチョコ、くれ。」
「な、何でだよ!?失敗したやつだぞ?!」
ククールは、まるでそこにある飲み物をとってくれというように、実にアッサリとそう言った。驚いたエイトが顔を上げ、叫ぶ。
「成分が分離した上に、焦げてるんだぞ!それをくれとか、阿呆かお前は!」
なんで俺が怒られてるんだ?肩を竦めるククールの口元にけれど微苦笑が浮かぶのは、エイトが半分涙目になっているからだ。
怒ってるのか泣くのかどっちかにしろよ。――笑いながら、ククールは抱き締める力を強めて囁きかける。
「それで、いいから。俺は、お前からのやつが一番欲しかったんだぜ?」
「……な、なんで……だって、コレ……」
「今更言わせるのかよ?分かってんだろ、言わなくてもさ。」
言うなりエイトの顎を持ち上げると、顔を近づけながら言葉を繋ぐ。

「お前だけので良いんだよ、俺は。」
そのまま、口付けた。
「ん……っ――」
「何か不満な点があるか?」
「……いや、全然。」
唇が離れた後に微笑みかけてやれば、そこでようやくエイトの顔にも笑みが浮かんだ。
エイトを抱き締めたまま、ククールは耳元から問いかける。
「で、そのチョコは?くれねぇの?」
「あ、えっと……こ、これは本当に駄目、だから……でも今から直ぐに作り直す――」
「いや、別にチョコに限定しなくてもいいんだぜ?」
「え?」
目を丸くしてククールを見つめるエイトに、愉快そうな笑みを浮かべる相手から言葉が返る。

「チョコじゃなくてエイト自身とか大歓迎なんだけど?」
「……っ!?けっ、結局そういう方向で来るのかよ!」
「それも、駄目か?」
残念そうに囁く声は、けれど誘いかけるように甘い。
それでエイトはぐっと言葉に詰まり――少し長い間を置いた後で、一言。

「本物のチョコには及ばないけど……それで、良いなら。」
「ははっ。俺にとっちゃ、それで充分なんだけどな。――お前のそういうとこ、好きだぜ?」
「う、煩い阿呆っっ!」

今回の二人は喧嘩しつつも、やっぱり最後にはじゃれあうのだった。

Petit kiss