SEASONS [K] *Feb.1
Chocolate Rose
部屋の中。
エイトを背後から抱き込んだ姿勢で、共に床に座り込んでいるククール。
その背後から、何度も話しかける。
「なーなー、エイトー。」
「……。」
「エイトってばー。」
「……。」
ククールは先程から、エイトの身体をゆすゆすと揺さぶって何度も呼びかけるのだが、相手は一向に反応を返さず、黙々と読書をしている。まるで、ククールの存在など忘れているかのように。
読書に夢中になっているエイトを見て、ククールが不満げに呟いた。
「……うわ、完全に無視するか?……じゃあ――」
――かぷ。
「ひっ!」
エイトは噛み付かれた箇所に手を当てると、ビクリと身を震わせた。
「こ、の……何するんだ変質者!」
「――っと。恋人に向かって、変質者は無いだろ、変質者は。」
本から顔を上げたエイトが振り向き様に放った肘鉄を難無くかわし、ククールは大仰に肩を竦めて言い返した。そんな飄々としたククールの態度を見て、エイトは顔を顰めて睨み付ける。
「変なところを噛むな、阿呆。」
「変なところ? 性感帯、の間違いじゃなくて?」
ククールが笑ってそう言えば、エイトは心当たりがあるのか、顔を紅潮させて益々苦い顔をした。
溜息後、深呼吸をして。
「……。もう、良い。それより、何だ? さっきから喧しいな。」
話の矛先を逸らすエイトに、ククールが「ああそう言えば」と、わざとらしく呟いた。エイトを見つめ、先程の質問の続きをする。
「なぁ、お前さ――何か、忘れてねぇ?」
何かを訴えるような視線で、肩越しにエイトの顔を覗き込むククール。
だが、返ってきた答えは。
「何だ、戸締りならちゃんとしただろ?」
「……そう来るかよ?」
天然と称するには、あんまりと言えばあんまりな応答に、さすがのククールも気落ちする。
「信じらんねぇ……」と情けない声を出すと、がっくりとエイトの肩に顔を埋めて項垂れた。
すると、そんなククールの反応を肩越しに見ていたエイトの方が震えた――かと思うと、くすくすと静かな笑い声。
「……何、笑ってんだよ?」
じろり、と咎めるように睨み返すククールだったが、彼の視線の先にあったのは花のような微笑。
「阿ー呆。」
雑言と同時に舞い降りたのは、甘い口付け。
「――……。」
それは、本当に甘かった。
何故なら、口移しで侵入してきたのは、チョコレートだったから。
エイトは知っていたのだ。
今日が何の日なのかを。
そして、ククールの望みも。
最初から何もかも分かった上で、あんな態度をとっていたのだ。
ククールの驚く顔が、見たい為に。
ちゅ、と軽く音を立てて唇を離すと、エイトは綺麗に微笑したまま言葉を告げた。
「これで、忘れ物は無い筈だけどな――?」
「……いや、――ある。」
口移しに与えられたチョコレートを食べながら、ククールがそんな事を言い返すと、エイトが「ん?」と首を傾げた。
まだ何か忘れているか――?とでも言いたげな顔をしているエイトのその身体を、ぎゅっと抱きしめて耳元で囁くのは、更なる願い。
「――まだ、足りねぇ……。」
欲で掠れた声で告げると、相手が愉快気に苦笑する気配がした。
そして、返されたのは。
「ククールって、甘党だったっけ?」
――仕方のない奴め。
呆れたように、けれど甘くからかうような声音で相手を見つめ、返すのは深い欲の願いに対する受諾。