SEASONS [K] *Oct.1
Halloween's Cake
「エーイト! Trick or treat!」
「やっぱり邪魔をしに来たか!」
部屋に現れたククールを眼にしたエイトが発した第一声は、ひどく冷静ながらもどこか疲れたものでいた。
ここはトロデーン城にあるエイトの部屋。
すっかり日が暮れた夜の時間帯だが、兵士長は今日も今日とて仕事の最中。
処理が遅いのではない。大国である故に、仕事量が多いのだ。
しかも、祭事などがある月はそれに加えて細々とした雑務が増える。兵士は上から下まで仕事に取り掛かっているが、それでも処理が間に合わない時は残業だ。
超過勤務に対する手当ては勿論出るが、仕事の量が減らない限りは地獄でしかない。
そんな中でやって来た、唐突な訪問者――いや乱入者というべきか。
エイトはククールに向けた視線を直ぐに書類へと戻すと、書き物をする手を動かしながら応じた。
「お前の望む菓子なら、そこの青い棚の、一番上に置いてる箱の中だ。勝手に持って行け。
ついでに、そのまま部屋から出て行ってくれるとありがたいんだけどな。」
ほぼ冷淡ともとれる口調のエイトに、ククールはわざとらしく肩を竦めて言う。
「うーわ。どこぞの仕事馬鹿とおんなじ台詞を吐きやがる。」
それから書き物の手を止めないエイトに近づき、その机に手を置いて。
「……エイト、お前さ。俺より若いんだから、もっと年中行事を楽しもうぜ?」
笑顔を、一つ。
けれども相手は、まだ顔を上げようとしない。
「お前が暇すぎるんだろ、阿呆。」
エイトは溜め息を吐き、眉根を顰める。
「いいから、とっとと菓子を持って出て行――」
そう言いながら顔を上げたところで――……目を丸くする羽目になる。
「お前、その格好……」
エイトの反応に、ククールが、にかっと笑う。
「やっと俺を見てくれたな。そ、ハロウィン仕様のククール様だ。どうよコレ? 似合うだろ?」
「……いや、似合うというか……。」
エイトが頭の上から足の先までククールを見下ろし、自分の額に手を当てた。
どう表現して良いのか分からない。
とにかく、ククールの格好はどこから何を学んだのか、とんでもない事になっていた。
説明すると。狼男がドラキュラのマントを羽織り、魔女のような帽子を被っている。
その上、手にはカボチャ男――小ぶりのジャックランタンが、一つ。
似合わないことは無い。このカリスマ美形は、大体は何でも着こなしてしまうのだ。
ああ、似合って無いことも無い、……が。
「一緒くたにしすぎだ、阿呆!」
だがククールは何故か得意げに笑い、少しだけ照れたふうに頭を掻く。
「いやさぁ……こういう変装イベントって、どうしても誰かと同じもんになっちまうだろ? だから、俺なりにオリジナリティを発揮して――」
「――独創性と珍妙は紙一重だ。覚えとけ。」
エイトの最後の進言は届かなかったらしい。もしくは聞き流されたか。
ククールはエイトに近づき、顔を寄せるようにして囁く。。
「ま、俺の格好は置いといて。エイト、Trick or treat?」
「だから! 菓子なら、あそこの棚に――」
言いながらエイトが棚に視線を移し、指を差したところで後の言葉が止まった。
用意していた箱が……無い。
菓子を入れた箱を、確かにそこへ置いていた筈なのに。
「――Trick or treat……?」
「いや、だから。俺は用意していたんだぞ!?」
確か、朝食後に置いたのをはっきりと覚えている。
昼食を済まして戻ってきた時も、そこにあった。
三時の休憩時に、部屋を一度離れたが……それでも、まだそこに存在していた。
では、いつから?
「Trick or treatだぜ、エイト?」
囁くククールの体が近づく。
だが、今のエイトは箱の消失時間に意識を取られていた。それどころではない、というように。
「三時も、あった。俺は見た。……でも今は無い。何故だ……?」
「お菓子をくれなきゃ、イタズラしちまうぞ~?」
ククールの嬉しそうな鼻歌が聞こえる。
何かが肌を滑る感触がするが、それでもエイトはまだ自分の考え事に没頭していて、自分が窮地であることに気づかない。
「それから、十時頃に、ミーティアが夜食だと言って、スコーンを差し入れに部屋に来てくれて……三十分、会話して、彼女が退出した時にも……まだあった、筈で……?」
「いつまで考え込んでやがんだか……ま、俺は俺でイタズラさせてもらうけど。」
するり、とエイトの肩から何かが滑り落ちた。
ククールが動いた際に空気に対流が起こり、少し冷えた風がエイトの肌を撫でる。
「さ、むっ――……って、あ!? ちょ、うわっ……!?」
寒気を受けたところで我に返ったエイトを待ち受けていたのは、手際よく脱がされた自分の姿という状況。
「な、なななな、い、いつの間に!?」
「いや、抵抗する時間は充分にあったんだぜ? お前は、それを無駄な推理に消費しただけ。」
ククールの膝の上に抱き上げられていることにも驚いたが、どうして裸に剥かれる前に気づかなかったのか。
エイトは自分の愚かさに気落ちしたが、己を責めるよりも先に、ここから逃げ出すことが先決だと考えた。
「ま、待て!菓子はあるんだ!」
「――どこに?」
逃げようとするエイトを抱きとめ、ククールが首筋に顔を寄せて訊ねる。
エイトは救けを求めるように部屋全体に視線を向けたが、肝心の箱はやはりどこにも無い。
「有るんだ!在ったんだ!俺はしっかり用意してたんだぞ!?
今日の朝にちゃんとケーキを焼き上げて、その中に入れておいたんだ……!」
エイトが泣きそうになりながら、ククールの腕の中でもがく。
「クッ……ハハッ! お前、必死すぎ。」
ククールが苦笑し、狼狽しているエイトの額に軽く口付けて、言う。
「知ってる。上等なベリーをたっぷり使った、ソウルケーキだろ?あれって、やっぱり俺のために焼いてくれたわけ?」
「まあ、な……キャンディーとかそういう小さいのは、簡素だなと思って。それにククールが来るんだったら、そういうので迎えるのは……。」
「……そっか。そこまで考えてくれたんだな。サンキュー。旨かったぜ、あれ。」
「良かった。焼きすぎたんじゃないかと心配で――、……あ?」
美味しかった?
「……お前、何で中身を知って、っていうか……まさか……」
「菓子だけ受け取って退散、っていうのも芸がないだろ? 折角だからな。」
「何が折角だ――!」
「そりゃあ、ハロウィン仕様の悪戯を。……たっぷりと、な?」
「は、……? ……っ!?」
毎度ながらの嫌な予感はしていた。
撃退できるとは思わなかった。だから事前に用意していた防衛手段。
だが、まさかいとも容易く突破されるとは思いもよらず。
しかし、それ以上にエイトに衝撃を食らわせたのは、その後。
ククールが「披露」してくれた、そのハロウィン仕様の”悪戯”で。
「ハロウィンってさー、色々なもんが売ってるんだよな。例えば、ほら――これとか。」
「ふぁっ!? おい、何だよこれっ……阿呆、やめろって――……ちょっ、や、……ぁ……!」
「魔女の雫、狼の香料……んでこれがバンパイアグラスに、パンプキンジェル。な、珍しいだろ?」
ククールが並べ立てた単語を聞き、エイトはぎくりとする。
「それ……もしかして、全部……!?」
「正解。――全部、媚薬。」
「なっ……!」
どうりでおかしな格好をしていると思ったら――最初から全て、伏線だったとは。
「どうよ俺の独創性は? 少なくとも、お前の目くらましにはなっただろ?」
「このっ……卑怯者~~~!」
結局――恐ろしい事に、その可愛げのない”悪戯”は一晩中行われ、エイトは仕事を途中放棄したまま、日の出を見ることなく朝を迎える羽目になる。
甘い罠を掛けたのは、悪戯好きな銀の狼。
悪戯されたのは、お菓子代わりにされた青い龍。
Trick or Treat?
それは最初から仕組まれたSweet Trap。
回避不能の、甘い罠。