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Heavenly Blue

4. Trigger



テリーの意識は、夢と現実の狭間で揺らいでいた。
うとうととまどろむ中で、木の爆ぜる音が聞こえる。それは近くにある暖炉からで、暖かい空気が一層テリーの眠気を誘う。
絶えない暖気。その火が消えないのは、頃合いを見計らって新しく焚き木をくべているからだ。
が、それをしているのは勿論テリーではない。
彼が体の重心を預ける、その右側。火を絶やさずにいる番人の名前は、エルド。枕代わりにされている肩をそのままに、暖炉を見つめていた。
肩にかかる重さが気になっている様子は無い。特に嫌な顔もせずに大人しくその姿勢でいるのは、エルドが保護者体質であるせいだろう。

元々は王族なのだが、かつて魔王に戦いを挑むも破れ、精神を別たれて幻の世界に放り込まれたことがあった。そこでは”山奥の村の青年”であり、妹がおり、全くに平々凡々と暮らしていた。何もかもを忘れて。
その後、色々なことを経て真実の己――という名の人格――と精神を統合したが、どういうわけか村で過ごした青年の性格のほうが強くなっていた。つまり、王族としての礼節や作法、知識は元のままだが、性格は一人称が「俺」であり、妹を家族として大切にする”お兄ちゃん”でいる。

そんな王子様の”お兄ちゃん”気質、はこの時でもしっかり健在していた。木をくべる時にどうしても動いてしまうのだが、その時には隣を一瞥して、テリーが起きてしまわないか確認している。
肩に掛けている毛布がずれていた場合などは、これまたそっと手を伸ばしてズレを直してやる、といった律義さ。

温かい室内、身を寄せ合った二人。
そんな環境の中だというのに、ちっとも空気は甘くない。それはエルドがどこまでも淡々としていて、”お兄ちゃん”である雰囲気を崩さないでいるからだろう。

(何だろうな、この一方通行感。)
現状を客観視して意識を浮上させたテリーは、心中でそんな呟きを零した。
「子ども扱いするな」と叫んで、跳ね起きてみようか。そうしてエルドの腕を掴んで引き倒し、一度その体を組み敷いてやれば此方に対する見解も変わるだろう――と、邪なことを考えるも、すぐに「いや、無理だな」と打ち消す己がいた。以前に、似たような行動をとったことがあるのを思い出したのだ。
二人きりになった時、何気ない冗談を装って――子供の悪ふざけに見えるように――エルドを、押し倒してみたことがあった。

結果は……語らずとも、変化していないこの関係を見れば明らかだと思う。自分を見下ろして不敵に笑う男が目の前に居るというのに、エルドはいつものエルドだった。
「どうした? 何かに躓いちゃったのか?」と、にっこり笑ったので、試しにテリーがその頬に手をそろりと添わせてみるも、「ん? 甘えたくなったのか?」とにっこり笑顔を崩さず、驚くどころか逆に抱きしめてくれたものだから、逆にテリーがたじろいで離れてしまった程だった。

(報われない片思い、ってやつか。)
昔と一緒だな――そう、思う。
過去に姉であるミレーユが人買いに売られていったあの日、夜が来る度に姉の帰還を願ったものの、叶わなかった祈り。あれと同じだ。子供の頃から変わらないもの――変わってくれないもの。

(……俺の願いは、叶わない。)
祈ったって、誰も聞いてはくれない。子供の時と同じように。
姉さんが居なくなってから、独りで生きてきた。泣いても誰も助けてくれなかった。
だから、一人で生きた。生き抜いた。自分の力だけを信じて。

――そうだ。独りになるのは、慣れている。
慣れているから、願いも祈りも叶わなくったって大丈夫だろう、テリー?
心の中で問いかけて、自嘲する。まどろんでいた時に感じていた甘いものは、薄れていた。

寝たふりも馬鹿馬鹿しいから、そろそろ起きるか――そう考えた時だった。
髪に、何かが触れていた。それは温かく、ふわふわしていて、テリーは目を開けるのを止めた。
……撫でられている?
エルドがそうしているのだろうが、何故かは分からない。撫でられる度に頭に「?」を並べていたテリーの耳に、その呟きが聞こえた。

「大丈夫だ。」
「……っ!」
寝たふりがばれていたのだろうか、とテリーは一瞬息を詰めて硬直する。けれども、そうではないことが後に続いた言葉で分かった。
「悪いことなんて、もう起きない。……俺が起こさせないから、大丈夫だよ。」
気づかないうちに、テリーは眉間に皺を寄せていたようで、それを見たエルドが、テリーは悪い夢にうなされているのだと考えたらしかった。
頭を撫でていた手が動いて、今度は背中に触れた。ぽん、ぽん、と規則正しいリズムで背中を叩きながら、エルドが穏やかな声で語る。

「大丈夫だからな、テリー。」
その声があまりにも優しく、触れる手がとても温かいので、テリーの凍りかけていた意識が解けていく。
(……何だよ、これ。)
再び訪れた緩やかなまどろみに引きずり込まれながら、心中でごちる。

こんなことされたら「片思いでいい」なんて言えなくなっちまっただろ。

一歩通行になんかしたくない。
この思いは諦めたくない。叶えたい。
――叶えたくなった、どうしても。

(後悔させてやるからな……覚悟しとけよ、エルド!)
意気込んだ宣戦布告と共に、眠りの中へ落ちるテリー。
険しさの無くなったその寝顔を見て、エルドはふんわりと笑みを浮かべる。

夢を見始めた少年の願いが叶う(かもしれない)その日、王子様は、はてさて自分が背中を押したことに後悔するのかどうか。


誘因の引き金