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Heavenly Blue

3. Fascinate



「あのさぁー……」
「……なんだよ。」
「重いんだけど。」
「知るか。」

空は快晴、腰を下ろした芝生の上はふかふかしていて気持ちが良い。
ライフコッドは丘陵なので、そこから眼下が一望できた。
ああ、良い風が吹いている。スフィーダの盾のそよ風版といった感じ。
遠くに見えるのはレイドック城だろう。あそこの志願兵として採用された時は嬉しかったものだが……まさか、実家だとは思いもよらず。

過去の邂逅はともかく、この場所は最高だった。
天気も絶好。
そんな非常に良い天気の中で彼らは何をしているかというと、背中合わせに座って日向ぼっこ――では、断じてない。
背中に体重を預けてくる青年を、時折肩越しに見遣りつつ、エルドは相手に悟られない程度に溜息を吐く。
ここへ来てから、ずっとこの調子なのだ。こちらが話しかけても素っ気無く、かといって黙っていればわざと体重をかけて圧し掛かってくる始末。
どうにも手に負えない子供にも程がある。それと、いい加減、この状態にも飽きてきた。
エルドは背後の子供――ではなくテリーという名の青年に振り向くと、真面目に話しかけることにした。

「なあテリー。さっきから何をそう拗ねてるんだ?」
「……拗ねてなんかねーよ。」
返答はするものの、こちらを見ようとはしない。
不機嫌な声。態度で丸分かりだというのに、気づいていないのだろうか。
「なに。どうした。……ハッサンと口論してたっぽいけど。」
「……してねー。」
「……喧嘩?」
「ウルサイ。」
「ミレーユが心配してたぞ。」
「……姉さんは関係ない。」
ここで口調が弱気になった。
流石、シスコン。――いや、人のことをいえる立場じゃないが。

「仲間が険悪だと、戦闘にも支障が出るんだよ。――で、原因は? ハッサンが何かしたのか? それとも、何かされた?」
「……え、が……」
「聞こえない。もう少し大きな声で――」

「お前が、あいつとばっかり居るからだ!」
「……はい?」
「俺だって戦えるのに、俺ばっかり馬車ん中で! アイツは毎回レギュラーで! 何なんだよ、この扱いは!」
「いや……何なんだ、っていうか……」
声を荒げてこちらを振り返ったテリーは、幾らか目を潤ませて泣きそうな顔をしていた。
激昂の原因に心当たりがあるエルドは幾分、気まずげに眼を逸らす。相手の言い分は分かる。テリーはどちらかというと戦士タイプで、仲間になったものの始終馬車の中で待機させられていては、ストレスも溜まるだろう。
かつては敵だったテリー。しかし、それは今回の事とは全く関係がない。テリーの馬車待機の理由は、一応それなりの理由がある。
ちなみに、現在ステータスを明かすと次のようになる。

ハッサン……バトルマスター、パラディン、レンジャー極め済み。
テリー……バトルマスターのみ。(下級職を極めていないにも関わらず、何故かマスター)

ここ最近、魔王だか何だかが影響しているのか魔物が随分と強くなっているこの中では、共に戦う仲間は必然的にある一定の強さが必要になってくる。
テリーも、弱いわけではない。
そう、決して弱くはないのだ。

今は少し――そう、少しばかり常駐メンバーとの差が大きいだけで。

「オイ。聞いてるのかよ。」
「ああ、うん。聞いてるってば。」
「……。」
「えーと……ずっと馬車の中ってわけじゃないだろ? ほら、魔術師の塔とかカルベローナ付近では、テリーもちゃんとメンバーに」
「戦闘回数稼ぎの時だけな!」
あー、気づかれてた。
頬を掻き掻き、エルドは説得という名の言い訳を並べ立てていく。
「あ、そうだ。俺と代わろうか? 俺、極める職業は残り勇者くらいだし――」
「――俺はお前と一緒が良いんだよ!」
なんか、告白っぽいのが直球で来た。
そういえば、以前にミレーユが「ごめんなさい。あの子、昔に色々あったから……淋しがり屋さんなのよ。」って言ってたけど。
「貴方には良く懐いているみたい。うふふ……見る目があるのね。」とも言ってたけど。
エルドは、うーんと考え込む。
いや、大体の過去は知ってるよ?
ガンディーノで聞き込んだ話を繋げて、それからミレーユにもちょっと話を聞いたりしてたけど。

けどさ?
何で俺ばっかり?
バーバラとかハッサンとかチャモロとかアモスとかドランゴとか色々いるのに。

(俺がリーダーだからか?)
うーん、と暢気に首を捻るエルド(鈍感)の後ろでは、テリーが不満を喋り続けている。
「別に姉さんやバーバラとかは良いんだぜ? でもよ、あの筋肉野郎とかチビメガネとか、あの尻噛まれた勇者もどきみてーなの出すくらいなら、俺を出せってんだよ。」
前半はハッサンやチャモロなのだろうことは分かるが、後半のはもしやアモスのことだろうか。得てして的確ではあるが、それにしても「もどき」呼ばわりはないだろうと思うのだが、今ここでそんなことを言えば火に油なので、黙っておく。
「お前、俺の剣鍛えてくれたじゃねえか。だから俺、いつでも出れるよう待機してるのによ……」
それ(雷鳴の剣)はベストドレッサー用に――とか言ったら今はマズイだろうなあ。
ぐるぐるする考えを上手くまとめながら、エルドは口を開いて言い返す。

「あー……それは、だな。」
「何だよ。」
「ほら、テリーの顔に傷でも付いたらマズイかな、と。」
「……はぁ?」
相手が怪訝そうな声を出してこちらを振り返った。
思いっきり疑惑の眼差しだ。当たり前だろう。エルドも自分で言っておいてなんだが、テリーと同じような反応をしたと思う。だが、口走ってしまった以上は仕方ない。

――よし、ここは押し切ろう。

「ほら、だからさ。テリーって、俺たちの中で一番格好良いだろ? ベストドレッサー、何回優勝したっけ?」
「お、覚えてねえよそんなの……」
「テリーのお蔭で手に入った、光のドレス。あれ凄い重宝してるんだよ。ありがとうな。」
「お、おう……そりゃ良かった。」
急な賛辞に戸惑ったようだが、怪しまずに頷いたテリーは嬉しそうだった。褒め言葉に慣れていないのか、それともエルドの言葉であるからこその効果なのか。
照れながらテリーはまたエルドの背中にもたれ掛かってきたが、今度はもう無駄な加重はない。機嫌は綺麗サッパリ直ったようだ。
うん、単純――素直でよろしい。

「そうだ、テリー。今日は、ライフコッドに泊まっていかないか。」
「と、突然だな? 何かあるのか。」
「ターニアが新しい手料理覚えたから、食べに来て欲しいんだって。」
「……そういやお前、妹、いるんだっけ。」
「うん。料理上手で可愛いぞ。」
「……。」
ターニア。幻の世界ではエルドの妹だった少女。
現実において赤の他人だと発覚した悲しい事実に、彼はさぞかし落胆しただろう。
――そんな素振りは一度も見せてはいないが。

「……テリー?」
「あ、いや……何でもねえ。」
「来るよな?」
「ああ。」
頷けば、エルドがパッと太陽が差したような笑みを浮かべた。
テリーは困ったような顔をして笑い返す。
コチラには魔族に寝返った前科があるというのに、こんな笑顔を向けて来るなんて。
本当に強い奴だ、と思う。

(そりゃあ負けるよな、俺も。)
苦笑を噛み殺して甘えるように凭れかかっていれば、エルドが言葉を付け加えてきた。
「――あ、ちなみに。ターニアの料理は残さないように。」
「毒じゃねえ限りはどうにか食うよ。」
「……いま、何て? ……毒?」
「こ、こういう時だけしっかり聞いてんじゃねえよ! 言葉のアヤだ、聞き流せ!」

しっかしこのブラコンはどうにかなんねーものかよ? って、俺も人のことをとやかく言えた義理じゃねーけどさ。
などと呟くテリーはしかし穏やかな苦笑混じる表情でいて、エルドに身を寄せたまま、布越しに伝わる体温を心地よく感じていた。

そうして彼らは夕食の時間になるまでそこに背中合わせに座り、共に同じ景色を眺めたのだった。


魔法にかかるまでもなく