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Dear Dragon

3.そうして日常が鮮やかに



酒場裏手に引っ張り込むようにして、むさ苦しい喧騒から避難した。
「ヤンちゃん、だいじょうぶかなぁ。」
心配そうな表情で、ガタンゴトンと大きな音を立てている酒場の方を振り返って呟く小動物――いや外見は青年か――に、後ろから抱きしめたくなるのをどうにか耐える。何とか、耐えた。
何故なら、二人きりじゃないからだ。

「ヤンガスなら平気よ。ほら、ああいうのには慣れてる!って顔してたでしょ。」
と、頭の高い位置で髪を左右に分けて結んだ露出高めの服装をした女性(レディ)が、あやすように男の頭を撫でている。
(姉弟、って感じじゃねえよなぁ?全然似てないし。……いや、俺とアイツも似てねぇ兄弟だけどよ。)
頭の中で自分の血縁者の顔を思い浮かべるも、まあ、ひとまずそんな疑問は置いといて。
「なぁ。良かったら、名前教えてくれないか。」
俺は子供(に見える男)のほうに声を掛けたのだが、何故か女のほうがキッと振り向き、眉を顰めた。
「ちょっと! あんたのせいで、あの騒ぎになったのよ!? 反省してんの?」
「……あー。まぁ、それなりに、な。」
……おー、コワイコワイ。美人だけど、今は余計なちょっかい掛けないほうが良さそうだ。
俺はレディを片手でいなしつつ、小動物めいた男の方に目を向ける。

「な。お前、名前は?」
「あのね、おにぃさん。」
「ん?」
くい、と俺の服の裾を引いて、例の子供が話し掛けてきた。人懐こいな、こいつ。
「何だ?」
「人にものを尋ねるときは、まず自分からお名前をいわなきゃダメなんですよ。」
……見た目より、だいぶシッカリしてんな。口調と中身は同列じゃないってか。
俺は半ば感心しながら、苦笑して言い返す。
「はは、悪いな。その通りだ。――俺は、ククール。聖堂騎士だ。」
「おにぃさん、せいどーきしさんなんですか。」
うわぁ、と憧憬の念のこもった瞳が向けられ、俺の理性を吹き飛ばしかけてくれる。
……おい、頼むからそういう表情は止めてくれ。襲っちまいそうになるから。ぐっ、と自分を自制しながら、俺は言葉を返す。

「……俺はもう名乗ったんだけど、そっちは教えてくれないのか?」
「え、――……あっ、ごめんなさい。私は、エイトです。で、この人が、ゼシカちゃん。あと、酒場の方で今ガタンゴトンしてるのが、ヤンガスちゃんです。」
……”ちゃん”って……。
なにも、あのオッサンにまでそう言う事ぁ無いだろに。まあ良いけどよ。
「へぇ、エイトっていうのか。で、そっちのレディがゼシカ、ね。……なぁ、エイト。」
「はい。なんですか。」
「ちょっと、手、出してみ?」
「手を?……えーと、両手ですか?」
「どっちでも構わねぇよ。」
「えっと、……じゃあ、……はい。」
上目遣いで、言われたとおり素直に両手を差し出すエイト。この表情で、おねだりなんかされた日にゃあ、断れないだろうなぁ……って、今はそうじゃなくて。
俺は片手袋をさっと外し、嵌めていた指輪をエイトの指――薬指に通してやった。

「え、あ、あの……おにぃさん?」
大きな目が、更に大きくなる。
……か、可愛いぞ、この野郎!
「それ持って、俺に逢いに来いよ。ここからちょっと行ったところにあるマイエラ修道院の誰かにコレ見せて、ククールに逢いに来たって言えば、通してくれるからさ。」
「あ、あの、そうじゃなくて、この指輪」
「俺の、愛の証。大切に持っててくれよな?」
「あ、あのあの、おにぃさん!」
「じゃ、俺はマイエラで待ってるから――逢いに来てくれよ、エイト?」
そう言って、俺は足早に駆け戻る。
モノクロだった世界が、一転してカラーになった。

生きてて良かった、と。
そう、柄にも無く思ってしまった。

……全く。
一目惚れってのは、怖いな。