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Dear Dragon

5.甘い悪夢



あー……っと。
何だ、その。
あれだ。
俺は、そういう趣味は無いんだが。
……。
よし。まずは、こうなった状況について説明しよう。

その町に着いたのは、真夜中に近かった。
で。
運が悪いのか、部屋の空きが少なかった。
……で、だな。
どうにか確保できた部屋は、狭い部屋が三つ。この町の宿は単身用なのか、一人寝るのがやっとのスペースしかない狭い造りとなっていた。まあ辺境の小さな町――人口と発展率を考えると”村”と言った方が正しいのだろうが――だから、仕方ないのだろうが。

……それはそうと。
俺たちは、四人。
部屋は、三つ。
四ひく三……で、一人分、足りないわけで。
さてどうするかと話し合う前に、真っ先に手を挙げたのがいた。私はへーしちょーで、りーだーですから!と言って、毛布を抱えるなり意気揚々と外(馬車)に出て行こうとしたので、慌てて引き止め、くじ引きになった。

”はずれ”
そう書かれた紙を引いたのは、俺。
運命か、それとも単なる不運か。大人しく馬車へ向かいかけたところ、引き止めるものがあった。
「ねぇ、おにぃさん。」と。
振り向かなくても、コレで誰だか分かる。あの子供――っと、違った。エイトだ。エイトの提案は、まぁだいたい予想したものだった。
「あの。良かったら、私の部屋で寝ませんか。」つまり、相部屋のお誘いだ。
「おっ、助かるぜ。」
そりゃ俺としては、馬と化け物王(エイトの仕える姫と王らしいが)の居る馬車で一晩過ごすよりは、暖かい布団と静かな部屋の方が良い。なので勿論、遠慮はしなかった。
「サンキュー、エイト。」
そう言って、ついつい猫の子を可愛がるように頭をぐりぐり撫でてやると、くすぐったそうに微笑まれた。それがまた、俺の急所(あ、変な意味じゃ無ぇぞ?)――を、直撃した。ゼシカの視線が怖かったので急いで平静を装ったが、人目が無いと危なかっただろう。

ああ。ココまでは良かった。……ココまでは俺も、格好良いおにーさん、で終われたのだ。


◇  ◇  ◇


夜、その狭い一人用の寝室の上で。俺は再び理性と戦う羽目になってるんだな、これが。
何でそんな事になっているか、その理由を記そう。

布団に入ったのはほぼ同時だったのだが、エイトは疲れていたのか、それとも子供の習性か、すぐに寝付いてしまった。このところ野営ばかりで、柔らかい寝床が久し振りだったのも理由の一つか。
俺はというと、その寝つきの良さに感心しながら少しばかり可愛い寝顔を鑑賞させてもらって楽しんでいたのだが、やがてエイトが寝返りを打ったところで問題が起きた。

ころりと、無防備に。
転がった先は、俺の方。
そして、その日は少し肌寒くて。
本能的に、温もりを察したのだろうエイトが。

ぎゅう、と。
俺に抱きついてきたのは必然か何かの悪戯か。

俺はお人好しじゃないが、かといって非道でもない。だから、邪険に身体を引き剥がすなんてことは出来ないわけで。だから、そのまま大人しく抱き着かれていても仕方がないわけで。
……えーと。なんでコイツはこんな良い匂いがするんだ?
鼻腔をくすぐる甘い芳香、首筋に触れる髪、胸元に縋り付いている温かなカタマリは意外に柔らかくて思わずその背中に手を回しそうになる。
……ええと。昔、修道院で読んだ教典、あれ、何て本だっけな……なんて、全然、全く、ちっとも興味すら湧かない事象にどうにか意識を向けるも集中出来ない。
蛇の生殺し。一瞬、そんな言葉が脳裏を過ぎる。ってか、過ぎった。
だめだ、眠れねぇ!

「……はぁ。」
俺の葛藤など知らないだろう当の本人に目を向けると、これまた何とも幸せそうな顔をして寝ている。コイツには悩みなんてないんじゃないかとすら思ってくる。
それにしても……朝まで、まだ数時間あるだろう、この夜。
果たして俺は、それまで理性を保っていられるのだろうか。

いや、保たないと! 大人として!

(こいつは男だ男だ男なんだ修道院の悪夢を思い出せ俺!)
過去の汚辱を引っ張り出して増大しそうになる煩悩を打ち消そうと試みるも、まだ温もりが不足しているのかエイトが更に体を寄せてきて――擦り寄って、気づけば俺の腕の中。
俺も俺で、ついうっかり抱きしめてしまう始末。
温かかったせいだ。修道院の悪夢とは全く違う心地良さがあったせいだ。
この接触は、利己的で薄汚く汚泥のようなモノとは到底かけ離れている。安心する甘い匂いに年甲斐も無く甘えたくなる。

……だぁぁぁぁぁ!
悪夢だ! 何か知らんが、これは悪夢だ!
柔かい髪を撫でるついでに反射的にその首筋に顔を埋めてしまいそうになるところで、どうにか我に返った。
適切な距離をとり――それでも軽く抱きしめたまま――夜が明けるのを待った。

そして、朝。
エイトは、目の下にクマをこさえたククールに起こされ目覚める事となる。
それは、ある意味ナイトメアな夜明けの出来事だったが、小動物は何も知らないので顔を覗き込んできて不思議そうな顔をした。

「ククちゃん、おめめが真っ赤ですよう? 大丈夫ですか?」
とか可愛らしく気遣ってくれやがってああもうコイツほんとどうしてくれよう。
ともかく、耐えきった俺は偉いと思う。誰か褒めてくれ。ほんと。