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Dear Dragon

6.コンプレックスじゃねえ!



「おにぃさん、おにぃさーーーん。」
ててててててて。
そんな足音が聞こえてきそうな仕草で駆けてくる、小動物が一匹。……やや語弊のある表現だが、そう見える(聞こえる)のだから仕方無い。

「おにぃさん、ってば。しっぽのおにーさん。」
きゅ、と後ろに束ねた髪の毛を引かれて、そこでようやくククールが振り向く。
「……あのな、エイト。」
「なんです?」
「お前、いい加減その呼び方止めろよな。」
「……? おにぃさん、じゃ……ダメですか?」
いや別に可愛いから良いんだけどな……って。そうじゃなくて。頭を振って、ククールは相手に言い返す。
「俺が言ってるのは、”しっぽ”のおにいさんっていう箇所だ。」
そうか、”おにぃさん”は構わないのか。兄貴コンプレックスか、ククールよ。(天の声)
指摘を受けた小動物――エイトは、うーんと小首を傾げる。
「でも、おにぃさん、しっぽみたいだから。……この長い髪。」
「あー……まぁ、どう見ても構わないけどよ。でもな、さすがに町とか人の多いところで”しっぽ”呼ばわりは、変な誤解を招きかねないから止めて欲しいんだ。」
ククールがそう言うと、エイトは少し迷った表情を見せた後で頷いた。
「わかりました。じゃあ、なんて呼べばいいですか?」
「そりゃ勿論、名前で。」
「……なまえ。」
そこでエイトは相手を見上げ、じっと見つめた。大きな眼で穴の開くほど見つめられたククールは、突然の凝視にドギマギして硬直する。
「う、ぁ……な、何だ? ど、どうしたよ、エイト?」
「……あの。」
「ん?」
「えっと、……あの、あのね。」
恥じらうように目を伏せて言いにくそうにしていたが、やがて顔を上げると続きを言った。

「おにぃさん、なんてお名前でしたっけ。」

……そうか。
エイト。お前が俺を、なかなか名前で呼ばなかったのは、そういう訳だったのか……。
つーかな。ちょっと傷ついたぞ、俺は。
ククールは額に手を当てて呻きながら、エイトに改めて、しっかりと、自分の名を教え込むことにした。軽く溜息を吐くと、ピシリと人差し指を立てて言う。さながら、子供に何かを教える親のように。

「俺の名は、ククールだ。ク・ク・ー・ル。聖堂騎士の、ククールおにーさん、だ。たった、数文字。ヤンガスと同じなんだ。……な? そんなに覚えにくいもんでも無いだろ?――いいか。俺の名前は、ククール、だ。」
必要以上に自分の名を繰り返し告げるのは、やはり覚えられていなかった事に原因があったりなかったり。ククール、冷静に見えてその実、少しコドモ気質を持っている。
エイトはそんなククールに少し戸惑いながらも、その首を小さく傾げながら頷いた。
「あ、ハイ。わかりました。」
「んじゃ、言ってみ?……はい。」
「え、えと……。」
頭の中で復唱しているのか、口をもごもごと動かした後、おもむろに顔を上げた。それから身長差も手伝って、上目遣いになりながら一言。

「ククール……おにぃさん?」
黒目がちの大きな眼と、ほんのりした微笑がククールの間近で発射された。
会心の一撃。

「……っ!」
「ひ、……きゃぁあっ!? お、お、おにぃさん!? 大丈夫ですか!?」
うぐっと口元に手を当てるなり、突然、鼻血を吹いて身を屈める美形のおにぃさん。その姿を見て、エイトが狼狽しないわけがない。
「お、おにぃ、さ……ゼシカちゃーん! ヤンちゃーん! 誰か、来てください――! おっ、おにぃさんが! ククールおにぃさんがーー!」
泣き叫ぶ子供兵士。その側では、ぼたぼたと美形のおにぃさんが鼻血を流しているという何ともスプラッターな光景がある。
「ゼシカちゃーーん! うわーーん! おにぃさんが……ククールちゃんがーーああ!」
「――っっ!」
”ククールちゃん”もヒットしたのか、最早不審者と化したククールは、鼻ともう一箇所、下半身の何処かに手を当てながら、身をいっそう小さく丸めて……一人、色んなものと戦っていた。
頑張れ、聖堂騎士。騎士道精神を発揮して耐えるんだ。”暴発!なんぞしたら、男として見っとも無いぞ。――色んな、意味で。

「ゼシカちゃーん! ククちゃんが――ぁあ!」
この後、エイトの悲鳴を聞いて何事かと駆けつけたゼシカの手によって、事態は収束するのだが――おにぃさんの”状態異常”に気づかない彼女では無いので――その不審者……いや、不運なククールは少々可哀想な目に遭わされてしまうのだが――詳細は忍びないので、割愛する。

ああ合唱。
違った、合掌。