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牢獄Marionette

◇ 7 ◇



「やれやれ……本当に雨が降ってきたか。」
「え?」
監禁されているせいで時間が分からないククールが、差し出された昼食だか夕食だかを摂っていた時だった。
不意にマルチェロが呟いたので耳を済ませてみれば、成程。確かに、雨の降る音が聞こえている。
しかし、”本当に”とはどういうことだろう?
ククールがパンを齧りつつ問い掛ける風に首を傾げれば、相手は口端を上げ、にやりと笑った。

「お前が言ったんだろう。大雨が降るかもしれない、とな。もう忘れたのか?」
「俺が? ……あー……あれか。」
ココへ来てから、マルチェロと最初に交わした会話を思い出す。
これからどうなるのかと不安な表情を浮かべたククールに、マルチェロは素直すぎる肯定で言い返した。

――「どうにもならんな。」「アンタでも?」「……ああ。」
それで落ち込んでしまったククールに、失言すぎたと感じたマルチェロが謝罪の言葉を口にした時に、彼が言ったのだ。
マルチェロが自分に謝るのは珍しいことだ、この分では大雨が降るのかもしれない、と。
それは、重く沈んだ場の空気を払うための強がり。

だが、まさか――予報として的中するとは思いもよらず。

「こういう願いは叶うんだな……って。いや、そもそも願ったわけじゃねえし!?」
「干ばつ地方では恵みの雨となるから、誰かが祈りでもしたんだろう。そろそろ収穫祭の時期だからな。」
「あーもうそんな時期かよ。早ぇな……確か、Trick or Treat――『お菓子をくれなきゃイタズラするぜ』だっけ?」
「……誰が子どもの祭りなんぞの話をした。収穫祭だ、と言っただろうが。」
「同じ祭りじゃねえか。」
「阿呆。だからお前は――」
「ウフフ。本当に仲が宜しいのね。」

――出たな魔女姫。
そのまま無視を決め込んでしまいたかったが、鞭の一撃が来るかもしれないので渋々振り返れば戸口の前に、甘やかな微笑を浮かべた少女がいた。
勿論、例の皮の鞭をしっかりその手に持って。


◇  ◇  ◇


「道に迷ってしまいました。少しだけ雨宿りをさせてくださいませんか?」
そう極力丁寧に言ってみたのだが、使用人らしき男は一瞥すらせず、ただ「他を当たれ」と言ったきり中へ引っ込み、玄関を閉めてしまった。
”取り付く島がない”という言葉が見事に当てはまる門前払いを受けたエイトは肩を竦め、ふうと息を吐く。
ここの”家の人間”は、基本的に弱者に威張り、強者には媚びへつらうタイプだろう――ドアノブと照明に施された金の装飾を見ただけで、ウンザリさせられた。
自分が一番嫌いなタイプであるが、しかしこういう貴族は(成金にとかく多いが)、別に珍しいものでもない。世界が平和になったとて、最初から変わらぬものもあるのだ。

それはともかく、この門前払いだ。
ここで引き下がるか?
――いや、まさか。
本来ならばあまり関わりたくないのだが、今回は個人的にココへ来たわけではない。
それに、獣道を散々歩かされているのだ。

(……仕方ないなあ。)
エイトはウンザリしたように溜め息を吐くと、今度はバンダナを外し、それをポケットに仕舞った。
そして胸元の紐を幾らか緩め、更に手でグイと下に押し下げる。
コレで充分だらしない感じになったが、少し保険をかけておこうと思い、濡れた髪をわざと乱れた感じに整えると、それからまた呼び鈴を鳴らした。

リン……リン……リン、リン、リン……リリリリリン!
なかなかに出て来ないのでわざと連続的に鳴らしてやれば、怒りで目を吊り上げた使用人がようやく姿を現した。

「下賎の者がっ! お前のような者を中に入れる気は無いと、何度言ったら――……」
使用人の怒声が、そこでピタリと止んだ。
目の前には先程と同じ”道に迷った旅人”が居たが、雰囲気が全くに表変わりをしていたからだろう。

とは言っても、大した小細工はしていないが。
濡れた髪が白い肌に張り付いているその目元は、雨のせいか潤んで見える。
頬を伝い首筋へ落ちる雫が、大きめに広げられた胸元へ滑り落ちていく。

「お前は……さっき、呼び鈴を鳴らしたのと同じ男……だよな?」
男の戸惑っている様に、目を細めるエイト。
そして緩やかに口端を上げて。

「雨のせいで霧が出てきたようです。……少しの間で構わないので、中で休ませて下さいませんか。屋根が在るところならば、どこでも結構ですから。」

――さあ、中へ入れろ。
止めとばかりに艶やかに笑って見せれば、男は顔を真っ赤にし、視線を逸らしながら後ろへ身を引いタ。
「す、少しだけだぞ! ……とっとと中へ入れ!」
「有難うございます。」
”コレくらい”で容易く潜入できるのならば安いもんだ、と思った。
しかし、後で来る自己嫌悪のことを考えると、乱用できる作戦ではないけれど。


◇  ◇  ◇


案内されたのは当然ながら客室ではなく、質素で狭い部屋だった。
一つしかない窓は小さく、換気が悪いせいか空気はどこかカビ臭くてジメッとしている。

(ここは物置き場かな? ……飼料小屋とかよりはマシか。)
「これで体を拭け。いいか、一時間したら出て行けよ。」
ぶっきらぼうに男はそう言って、それとなく室内を見回していたエイトにタオルを投げつけた。
それから、思い出したように忠告する。

「言っとくが、勝手に屋敷の中をうろつくんじゃないぞ。お前のような旅人風情が、お嬢様に見つかりでもしたら、どうなるか。……だからココで大人しくしてるんだぞ? 分かったな!?」
忠告というよりは助言(?)らしきものを吐き捨てると、使用人の男は足早に部屋から出て行ってしまった。
――まあ、長く居られても困ったわけだから、その行動はありがたい。
エイトは側にあった木箱の上に腰を下ろすと、早速タオルで髪を拭きはじめた。

「……あ。これ、結構上質だ。柔らかい。」
雑巾のようなボロ布でも渡されると思っていただけに、少々驚いた。
あの男は、もしかしたらそう悪い人間ではないのかも知れない。勤め先を変えてやれば、もしかしたら……と、一瞬ばかりそんなことを考えるが。
「……今は、ククールとマルチェロだよな。」
知らぬ男の行く末は、後で余裕が出来てからにしておこう。
それまでに彼のことを覚えているか、だが――忘れてもいいか、別に。


◇ ◇ ◇