牢獄Marionette
◇ 8 ◇
足音と人の気配に注意しながら、廊下を歩く。
使用人の男の忠告を思い切り無視し、屋敷内部の様子を探る。
もとより、潜入(と救出)が目的でやって来たのだから、約束などするつもりはなかった。
借りたタオルのことを思い返すと、若干、心が痛むが――人命には代えられない。
ふと、廊下の窓越しに外を見遣れば驟雨に近い雨足となっているのが窺えた。
あれから天候は大きく崩れたらしく、本当に霧まで出ている。
早いうちにココへ逃げ込んで良かった、と息を吐き、窓辺に寄ってガラス越しに空を見上げた。黒ずんだ雲に覆われている様子を見ていると、何だか今にも暗黒神が出てきそうだと思う。
それにしても、この大雨っぷり。
誰かの日頃の行いが悪いのだろうか?
だとしたら誰に責任があるのだろう。
ククールか?
マルチェロか?
はたまた今回の首謀者か?
と、心の中で名前を挙げるエイトだったが、勿論その中にはそんな事を考える当人の名前――エイト自身は当然ながら含まれてはいないし、自分の行いが悪いとは露ほども考えていない。
◇ ◇ ◇
廊下を歩いて数十分ほどで、警戒は杞憂――どころかほとんど無駄であることが明らかになった。
何故なら、廊下を歩いていても他に人を見かけないからだ。
はて貴族の屋敷ならずとも、こういう邸宅は大概それなりの人数が居る筈なのだが、とエイトは首を捻らざるをえない。
(経費削減……じゃあないよな? ……人手不足か?)
辺ぴな場所のせいばかりが理由ではないだろう。
それくらいに、屋敷は他に人の気配が無かった。
「はー……。」
エイトは廊下の途中で立ち止まると、重い溜め息を吐いた後に、呟いた。
「勿体無いよなあ、これ。」
辺りを見回すエイトの視線に留まるのは、様々な魔法道具たち。
床の各所に埋め込まれている飾りは一見するとルビーかガーネットに見えるが、知識のあるものが見れば宝石ではないと知れる。
それらは飾りではなく、魔石――タリスマンだ。
本来ならば魔除けとされる筈の代物だが、この状況を見るに、どうしても呪いの増幅装置としか思えない。
他にも、窓際に飾られているのは例えば古代の短剣であったり、その窓枠に金で彫りこまれているのは呪文であったりする。
その上、よく見ればドクロまで置いてあった。
水晶ドクロではなく、人骨なのがどうにも生々しくて堪らない。
「装飾具とか単なるアンティークとか思ってるんじゃないだろうな……あ!これっ!」
小さく叫ぶと、壁にはめ込まれた一つの飾りに近づいた。
赤い石。
それは大きく、見事で。
「これ……アルゴンハートだ……。」
王家の谷、継承の試練においての王の証。
この自分が見間違える筈も無い。
エイトは魅入られたかのようにその石に触れ、無意識にもう片方の手で胸元を押さえていた。
王家に未練は無い。
けれど、これは。
これは。
”道楽”として見るには――……我慢が、ならない。
父と母を、汚されたような気がした。
「く……っそ……!」
ぎり、と歯軋り、怒りで顔を歪めるエイト。
普段の彼を知るものが見れば、驚くことだろう。いま側に人が居ないことが、本当にありがたかった。
エイトは壁に手を付くと、深呼吸を繰り返しながら心の中で何度も自問し、冷静に努めようとした。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと怒りを吐きだす。
逆上か?
らしくない。
落ち着けエイト。
怒りは判断を見失う。
お前はココへ何しに来た?
そして三回ほどの呼吸で、どうにか落ち着きを取り戻すことに成功した。
顔を上げて何気なく額を擦れば酷く汗を掻いていたことに気づき、苦笑する。
「俺もまだまだ未熟モノだな。」
さて捜索を開始するか、と足を踏み出し、T字路を右に曲がった時だった。
まさか、そこで人にぶつかるなんて――。