牢獄Marionette
◇ 10 ◇
鞭が獣のように唸り、側を掠めて壁や床に当たる音を聞く。
これで何回目だろう。
絨毯はボロボロで、近くにおいてある家具に至っては酷く傷付いてしまっていた。
目の前には、鞭を振るう少女が一人。
優しいハッカグリーンの色彩の部屋、甘い匂いで満たされている中で、彼女だけがとにかく異質であった。
少女は、ひゅうと鞭を一振りすると、彼らに花のような笑みを向けて語りかけてくる。
「ウフフフフ……これでも微動だにしないなんて。良く躾が出来ていること。」
鈴のような声は、本来ならば聞き心地のいいものなのだろう。
しかし、この囚われの身の上。今の状況では、子供特有の残酷な無邪気さが滲んでみえて、うんざりする。目の前に机の一つでもあれば、引っくり返したいところだ。
だが、それでも彼らはその場に座ったまま動かない。
子供の導火線は短い。迂闊なことを言えば、今は空振りの鞭が今度は本当に当たるだろう。
ちなみに、言ってやりたい事は当然ながら山ほどあるわけだが、それも必死に堪えているところである。嫌な我慢比べだが、仕方ない。
そんな、我慢する自分がつい誇らしくなり、ククールは隣のマルチェロに小声で話しかける。
(なあなあ、マルチェロ。俺も成長しただろ?)
(……阿呆。)
「――ねえ。私の話を聞いているの?」
バシッ、と彼らの目の前で鞭が唸った。
マルチェロとククールは視線を交し合う。
無言の”会話”。
やがて話は纏まったらしく、僅かに眉を顰めたククールが少女の方を向いた。兄上様に、”駄々っ子”の話し相手を押し付けられたようだ。
マルチェロに、「気をつけろよ」との警告の肘鉄を受けつつも(突付く程度にしてくれればいいのに、と思いながら)ククールは嫌々ながらも、仕方なしに口を開く。
「ああ、話はちゃんと聞いてるぜ。心配すんなよ、お姫サマ。」
「ふふっ……お上手ね。」
その「お上手」なせいでこの役目を押し付けられたわけだが。
「……ところで、ちょっとばかり訊きたいことがあるんだけどさ――」
言いながら、そこでちらとマルチェロを一瞥すれば、相手は肩を竦めながらも小さく頷いたので、ククールは視線を少女に戻し、台詞を続ける。
「――質問する権利を、少しだけ頂けないかな。お嬢さん?」
どの女性をも蕩かし、ウットリさせるような甘い笑みをオマケに付けてみせれば、少女がポッと顔を赤らめた。
それを見て、マルチェロは内心で感嘆する。
昔は気に触っていたその技巧。今は流石だな、と素直に感心せざるをえない。
にこにこと笑う少女はククールにすっかり魅了されたようで、拍手でもするかのように両手の平を胸の前で合わせると、嬉しげに頷いてみせた。
「宜しくてよ。何が聞きたいのかしら?」
「そうだな……」
さて、何を訊く?
何から言う?
「私の自己紹介? それとも、これからの遊び方? ふふっ……何を聞かれるのかしら。」
「……。」
ククールは、スウ、と息を吸い込む。
そして少女を見上げると、気になっていた質問を口にした。
「これだけ広いのに、何でこの屋敷には他に人が居ないんだ?」
少女の顔から、笑みが引いた。