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牢獄Marionette

◇ 13 ◇



手枷から解放された男二人は、冷たい床から腰を上げると、お互いに背を向けつつ(馴れ合っているのが急に恥ずかしく感じたのだろう)、大きな伸びをして、ガチガチに強ばってしまった体をほぐしていた。
床にずっと座りっぱなしだったせいで、とにかくあちこちが痛いのだろう。
その一方では、軽く屈伸するククールの隣で、厳しい顔つきをしたままの兄上サマが腕の具合を確かめつつ、まだ男を睨みつけている。
人を射殺せるような、視線。
そんな目をしたマルチェロを見るのは久し振りで、エイトは眉を寄せるも、思わず口端を上げて苦笑してしまう。

(丸くなったと思ったんだけど……こういうところは健在か。)
エイトは内心で苦笑すると、マルチェロの肩をポンと叩いて話しかけた。

「眉間のシワが癖になるぞ。せっかくの男前が台無しになるけど、良いのか?」
「……貴様の冗談に付き合う余裕は無い。」
マルチェロの言葉に、エイトは困惑めいた笑みを浮かべた。”貴様”と口にする時は、かなり苛立っている証拠なのだ。
「反逆行為に関しては、俺が先に”叱って”おいた。……足りないなら、後で”説教”でもしておくけど?」
「――そういうことを言ってるんじゃないっ!」
小声ながらも、言い返すマルチェロの声は噛み付くような勢いだった。そしてエイトの襟をグイと掴んで引き寄せると、眉間に刻んだシワを更に多くし、睨みつける。
「お前、アレが何か解って言ってるのか? 解っていて、その態度なのか!?」
「……いや、だってさ。」
苦笑するエイト。優しい声で隠しても分かるその瞳に浮かんだ憐憫の色に、マルチェロが尚も何かを言いかけようと口を開くが――。

「まあ待てって。こういうのはだな、下手に突付くとマズイことになりかねな――」
「下手な同情はそれこそ命取りになるぜ。」
それより先にエイトが言葉を繋げようとするより早く、別の声が割って入った。側耳を立てていたククールが、会話に乱入してきたのだ。
エイトがククールを見遣る。
「……命取りって。そんな、大袈裟な――」
「――ああ、お前のそういうとこ俺は好きだぜ? でもよ、優しいのと憐れむのは、違うだろ?」
エイトの頭をコツンと叩き、ククールは皮肉めいた言葉と笑みを返した。
余裕のある優しい笑い方のせいか、叩かれた箇所がこそばゆい。こうして見ると、彼らは自分より年上なのだ、と思い知らされる。

(……何だ。二人とも、気づいてたのか。)
エイトは彼らの洞察力に感嘆し、そしてククールの台詞に反省した。確かに、同情ばかりに偏っていた気がする。こうして冷静ぶっているのが良い証拠だ。
この少女と男はククールとマルチェロを誘拐し、玩具のように扱おうとしていたのだから、本来ならばエイトは、もっと容赦なく立ち回らなければならないのだ。
なのに、男に対してエイトがした事と言えば、相手を一発殴っ――いやいや”説教”しただけである。

エイトは、マルチェロとククールを助けに来たのだ。
それが逆に心配されてしまうとは。
……これではいつもと同じじゃないか?

(――いや、うん。カッコ悪いな。)
照れ隠しに頬を掻きつつ、エイトは苦笑いを浮かべた。
ともかく、事情が分かっているんだったらココから先は自分一人が抱え込むこともないだろう。エイトはそう思い直すと――何度考えさせられるのやら――おもむろに懐から短剣を取り出し、自分の手持ちの情報と考えから導き出した”真実”を、彼らに明かすことにした。


◇  ◇  ◇


部屋の中。ハッカグリーンの色が、くすんで見える。
雨は止んでしまったのか、室内には少女に話しかける男の声しか聞こえていない。
男は、少女に向かってまだ何かを囁いている。いつになったら喋り終わるのだろう。

「……オイ。そろそろ止めた方が良いんじゃないのか。」
不機嫌な声。エイトが振り返れば、マルチェロが険しい顔を崩さずに言う。
「言い辛いならば、俺からアイツに言うが?」
「いや……、俺が言うよ。俺も、彼の気持ちは解るから。」
エイトは短剣を握り締めると表情を引き締め、男に向かって歩いていく。

近づいた気配に、男がふと顔を上げた。
そして相手がエイトだと分かると、気恥ずかしげに頭を掻いて口を開く。
「あ……ああ、お前か。すまないが、お嬢様が落ち着くまで、もう少し待ってくれないか。まだ、呼吸が安定してなくて――」
「じゃあ子守唄でも歌ってやろうか?」
「……え?」
男は一瞬、呆気にとられたような顔をしたが、すぐにプッと噴出した。

「ハハハハッ! お前が歌を? 聞かせてもらいたいところだが、今はお嬢様を優先したいんだ。
だから、遠慮しておくよ。」
そう言って少女の肩を抱きなおすと、エイトに向かって手を振った。
まるで、「向こうへ行け」とでもいうような仕草に、遠巻きに様子を眺めていたマルチェロが眉を顰め、ククールが肩を竦める動作をした。
だがエイトはその場から動こうとせず、小さな溜め息を零した後で再度、男に向かって言う。
「遠慮するな。音程は外さないから、聞き苦しくは無い筈だ。」
「……ああ、お前は歌が上手そうだものな。自慢は良いが、あっちへ行っててくれ。お嬢様が、ようやく安定してきたんだ……」
男の声に苛立ちが混じる。それに気づきながらも、エイトは素知らぬ振りを決め込んで、しつこく話しかけた。

「かいほうなら俺も出来る。手伝うさ。」
「――っ、だからっ! 後にしろって言ってるだろがっっ!」
乱暴になった男の言葉遣いに、けれどエイトは冷静な眼差しで、ひと呼吸置いた。
ぜいぜいと肩で息をし、血走った目を向けて睨みつける男の姿にも動じず、ただ静かに、エイトはある問い掛けを口にする。

「どちらが先に、眠りたい?」
エイトの台詞を聞いて、少女がゆっくりと顔を上げた。


◇ ◇ ◇