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牢獄Marionette

◇ 15 ◇



彼女の側を離れたくなった。
目を閉じて横たわっている姿は、まるでただ眠っているだけのようで、声を掛ければ起きるんじゃないかと思うほどに瑞々しい。
なのに――彼女は、目を覚まさない永遠の眠りに落ちてしまった。

信じたくなかった。
信じることが出来なかった。
その事実、はっきりとした残酷な現実、突然の絶望は大きすぎて――現実が、見えなくなっていく。

「どう、して……お嬢様――……エリザ…………ッ!」
一線を踏み越えることなど勿論できず、叶わず、許されずにいた、絶対なる主従関係。
勇気を振り絞って彼女の名を呟いたのは、それが初めてだった。
しかし、もう彼女には聞こえない。聞いてもらうことは出来ない。
金色の髪は、もはや輝かない。
鏡台に置かれていた人形が、ことりと落ちた。

書庫に走った。
その中に閉じこもり、書物を片っ端から引っ張り出して何か方法はないかと探した。あちこちをかき回して探し続けた。
それらの本の幾つかは――いいや、ほとんどが読めないものだった。
古代文字。消失言語。神聖。魔道。そんな、伝説上のものばかり。
当たり前だ。元々、自分はただの使用人で学がない。文字の読み書きが出来るだけの頭しかなかった。
だから、辞書を片手に何度も何度も読まなければならなかった。
言葉の羅列。文字の組み合わせ。
並びを知るのに一年。組み合わせを覚えるのに二年。
どうにか読めるようになったのが四年目。けれども、そこから先が長かった。
材料を知るのにまた一年。集めるのにまた二年。
材料を混ぜて形にするのに何度失敗したかは覚えていない。

そうしてやっと出来上がった時、俺は書庫から飛び出した。
長い廊下はドコもかしこも埃だらけで汚く、壁にかけられた絵にはクモの巣が張っていたが、その時は無我夢中で気にならなかった。
走った。彼女の元へ。

静まり返った屋敷には、自分の足音だけが響いていた。


◇  ◇  ◇


――儀式は成功しなかった。

材料も手順も間違ってはいなかったのに、失敗に終わったのだ。
何が悪かったのかと思った。
何を間違えたのかと考えた。
最初から材料を見直し、手順を確認したその結果――足りなかったものを見つけたのは、それから一年後。
器はあったが、魂――心が、そこに無かったのだ。
二つ揃えなければ儀式は成功しない。そんな簡単なことに気づかなかった。
そして、気づいた時には何もかもが手遅れだった。
儀式は一度しか成功しない。叶うのは、一人に対し一回だけ。
彼女の魂は失った。
材料はまだまだ余っているのに。
器は――「彼女」は、まだそこに居るのに。

絶望。
半端な知識が招いた結末。
膝をつきかけたその時、鏡台の側に転がる人形が視界に映った。
彼女が大切にしていた人形。
ふと、閃くものがあった。

「心」が足りなかった。
材料はまだ存分に残っている。
紛い物にしかならないことは充分に分かっていたが、それでも俺は逢いたかった。
彼女に逢いたかった。
手の届かない存在であるだけに、どうしても。
だから、俺は彼女を。

「人形の心を利用して、俺は”お嬢様”を作ったんだ……。」
そうして、仕えた。人間が、人形に。
いつか、本物の彼女の魂が宿ることを願って。
馬鹿馬鹿しいと思っていたが、それでも「彼女らしく振舞う」人形の為に尽くしていた。
幸せだった。
何もかもが全くの茶番劇だったが、楽しかった。
「新しいお人形が欲しい」と彼女が駄々をこねる日が来るまでは。



◇ ◇ ◇