牢獄Marionette
◇ 16 ◇
男の話を聞き終えたククールは、ただただ長い溜息を吐いた。
最初は、「自分勝手なヤツだ」とか「そんなことで俺たちを巻き込むんじゃねぇよ」とか思ったのだが、それは話を聞いているうちに別の感情に変わる。
大切な者が死んだら、どうするか。
自分はその時、どうなるのか。
少しだけ、男の行動が分かる気がしたのだ。
自分の親代わりだったオディロ院長が死んだ日のことを思い出す。
ああ、今でも思い出せる。はっきりと、鮮明に。
悲しかった。
とにかく悲しかった。
雨が降っていた夜の墓地で一人泣いていた時、後ろからエイトがそっと抱き締めてくれたのを覚えている。
そのせいで、自分を完全に見失わずに済んだのだと思う。……人を本気で好きになるのに、それで充分だった。
ククールは、ちらとエイトを見る。
不貞腐れて馬鹿なことを言うんじゃないぞ、といった顔でククールの動向を見守っている。
どこまでもお人よしの兵士長サマ。
真面目で、冗談で仕掛けた手の甲のキス一つで顔を真っ赤にする恋愛ごとに疎い、青年。
自分とは対極にいるこんな人間、しかも男を好きになる日が来るとは。
それでも好きになったのだからどうしようもないし、後悔なんかしていない。
そんなエイトが、もし死んでしまったら?
――多分、この誘拐劇を企んだ男のように死に物狂いになるだろう。
正しく狂い、そして禁断のものにあっという間に手を伸ばす。呪法だろうが暗黒魔法だろうが、構いやしない。
それでもう一度エイトに会えるのならば。
それでまたエイトを側に置けるのならば。
俺は神に背く。
何もかもを敵に回してでも、エイトを蘇らせてやる。
……例えそれをエイトが望まなくとも、きっと。
◇ ◇ ◇
「――それで、俺たちはその”お姫サマ”の土産として連れてこられたってわけか。」
男の告解が終わった後、開口一番に口を開いたのはククールだった。
同情も憐憫もへったくれもない台詞なのは、冷淡だからというわけではない。
憐れんでやるのは違う気がしたからだ。――そんなものは天におわし召す神サマにでもぶん投げりゃいい。
それに、自分の役割じゃない。
大げさに、いかにもわざとらしく肩を竦めて零すのは冷やかし。
「ワンセットにされたほうは、迷惑以外の何ものでもねえっつーの。そんなのは”法王サマ”だけにしとけりゃ良かったんだよ。」
「……フン。」
軽口を叩いたククールを、”法王サマ”がギロリと睨む。どうやら聞き捨てならなかったらしく、眉間に皺を刻んで返すは、冷笑付きの軽口。
「それは俺の台詞だ阿呆。お前だけが誘拐されていれば、少々の被害で済んでいたのだ。」
「……。俺が居なくなっちまったら、それこそ全国のレディが大騒ぎするっての。」
「はっ。どうだかな。むしろ、世界が静かになっていいだろうに。」
「……なんだと。」
「……なんだ、阿呆。」
凍りついた空間の前に広がる、気まずい光景。
睨み合う男二人を前にして、溜息を吐いたのは赤いバンダナを巻いた青年である。
(この状況で兄弟喧嘩するか、普通?)
エイトは遠い目をしながら、頭痛がするかのような仕草で額を押さえた。
余裕が出てきたのはいいことだ。
ああ、元気がないよりはずっと良い。
――だが、それも時と場合によるわけで。
(まだ何も解決していないってのに、何を考えているんだこいつらは。)
さて、この困った阿呆共をどうやって止めようか――と何気なく部屋を見回したところで、ふと男と目が合った。
罪を告白した男は、目の前で展開されているやりとりを前にして途方に暮れている。
当たり前だ。今回の騒動の主犯であるというのに、完全に蚊帳の外なのだから。
――いや、今なら丁度いいのか。
エイトは男との距離を詰めると、その前に立って口を開いた。
「過去のことは大体分かった。……ところで、聞きたいことがある。」
唖然としたままの表情で此方を見上げた男に向かってエイトが口にするのは、問い質してみたかった言葉。
「廊下にあった、紅玉――あのアルゴンハートは、盗んできたものか?」
声は静かで落ち着いていたが、果たして顔は冷静さを装えていたかどうか。
もしかしたら、多少は殺気が滲み出てしまっていたのかも知れない。
だが、知るものか。
その時のエイトは、とかく自制するので精一杯だったのだから。