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Trouble Traveler

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「あ。葉が切れてる。」

冬の気配がまだ残る、ある日のことだった。
寒いので何か温かい飲み物をと思い席を立ったまでは良かったのだが、棚を開けて缶の中身を見たところでエイトの口から零れたのはそんな呟き。
「よりにもよって、今日に切れるかー。」
このところ忙しかったせいで、残量まで気が回らなかった。大体、こういう在庫確認は担当者がいるわけで、だからコレは自分の責任ではないのだが――いや兵士長という肩書からすれば、責任の一端はあるのか?――などと、泣き言は、ともかく。
現実逃避をしても、茶葉が無いという現実は変わっていないわけで。

「うーん。困ったな。どうしよう。」
エイトが常習しているのは主に紅茶だが、別にそれだけしか飲めない、という訳でもない。
コーヒーは少しばかり後味が強いが、その香りと味は素晴らしいものがあるし、ワインやエールといった酒類も嗜好品としては最高だ。
けれども、今はエイト個人の好みを説明している場合では無い。今回は、紅茶場を切らしたらマズイ事情があるのだ。

「例のティーパーティーは……午後からだったよな。」
うーん、とエイトが唸る。
茶会とはいっても、単なる午後の小休憩のそれでは無い。今回は、知り合いや仲間達を集めてのちょっとしたパーティーをするのだ。
久し振りの顔合わせ。お互いの近状報告や積もる話などもあって、きっと賑わうだろう。
その招待客の中には、コーヒーが苦手だったり、酒類が駄目な者もいる。そうした際に、彼らの飲みたいものがない、というのはおかしな話だ。コチラが招待しておいて、好みに有無を言わせないとは失礼にも程がある。
招待客のほとんどは優しい者たちばかりなので少々の不手際があっても気にしないでいてくれるだろう。
だが、エイトがそれを許さない。
訪れる者には、出来る限りの誠意ともてなしを。そして帰る際には充足した気持ちを。――これが、トロデーンに仕えるものとしてのエイトが持つ掟だ。

「気づかなかった俺が悪いんだし……ここは、俺がとっとと買いに行ってくるか。」
丁度、雑務はキリのいいところで片付いている。ちらりと時計を見たところ、三十分ほど休憩がとれそうだ。――というか、そういえば今日は昼食すらまともに摂っていないような……。
エイトの疑問に反応したように、ぐう、と腹の虫が鳴った。なんて素直なのだろう。
けれども食堂を覗くと、そこは既に準備の真っ最中で皆がドタバタとしており、エイトが食事を摂る場所も余裕もなさそうだった。
適当に果物の一つでも齧って誤魔化しておくか?と一瞬考えたが、それで倒れたら全てが台無しになってしまう。
うーん、と再び考えるエイト。やがて考えがまとまったのか、両手を叩いて言った。

「よし、ついでだ! 昼休みのと合わせて、休憩を一時間貰って出掛けてこよう。」
そう口に出すなり外出用のマントを羽織ると、日報代わりにしている伝言板に簡単な予定を書き込んで、外へと足を向けた。
伝言は残したから、人に報告せずともいいだろう。みんな忙しそうだし、すぐ戻る予定でいるのだし。

「さて、と。今日はどこで食べてこようかなー。」
その時のエイトは、ちょっとした外出気分でいた。
世界が安定してからというもの、凶暴なモンスターとの遭遇率も下がっていたから、一人で気軽に野道を歩いても平気なのだと安心していたのだ。

しかし、いま考えるとそれは”安心”というより”油断”であったのかもしれなかったが……それらに気付くのは、いつも大抵”その時”になってからだった。


◇  ◇  ◇


「あー。美味しかった。」
昼食を済ませたエイトは、満足な気分で、ぶらぶらと街道を歩いていた。時折見かける露店が目当てだったのだが、嬉しいことに予想は的中する。道沿いに歩いていると、幾つか小さな店が開いているのが見えてきた。
「あ、やってるやってる。」
ここの品揃えはアクセサリーや薬草といった道具から、ラズベリー、シナモンといった食品類まで幅広く置いてある為、ちょくちょく通っている場所でもある。エイトは足早に近づくと、テントに向かって声を掛けた。

「こんにちは日和。」
「おう、トロデーンの兄さんか。久し振りだな!」
「あはは、そうですね。最近、忙しくて。」
「平和になったものなぁ。野盗も少なくて、こちとら露天商としてはありがてぇ限りだぜ!」
「それは良かったですね。……あれ? 今日の品揃えは――。」
品物を見ていたエイトの言葉が、そこで止まる。見慣れない大カゴが目に付いた。
ちょいと布を引っ張り中を見れば、カサカサした細かい何かが盛られている。

葉っぱ?
いや、これは。

「おう、それか。今日、東国から仕入れてきた紅茶葉だよ。」
「あ、やっぱり!」
そうか、今日は運がいい日なんだな。そんなことを考えながら、エイトは早々に財布の紐をゆるゆると緩めると、カゴいっぱいの茶葉を即座に全て買い占めた。
そして意気揚々と大きな袋を両手に抱え持ち、店主にサヨナラを言ってトロデーンへと戻っていく。

後先も考えず、帰り道に何が待ち受けているのかも知らずに、これで不足に悩むことは無くなった、とそればかりを喜んで。


Overture